長い間京都に住んでいるせいか、旅行者の方に道を聞かれることが昔から日常茶飯事になっている。自宅の位置の関係で、これまで最も多く尋ねられたのは銀閣寺への行き方。金閣寺や平安神宮、京都駅もよくあるし、某ラーメンチェーン店本店の場所を問われることも多い。
それだけに旅行者から声をかけられると、「銀閣寺かな。天下一品総本店かな」と構える癖がついていたが、どうも最近、勝手が違う。これまで尋ねられたことのないマイナー飲食店や「それって観光名所だっけ?」とこちらが戸惑う場所への行き方を聞かれることが増えたのだ。
先日もバス停で外国人旅行者の方に声をかけられ、「ここに行きたい」とスマホを示された。時刻はすでに夕方。ホテルかと思いつつ覗(のぞ)き込めば、表示されているのは右京区の学生向け定食屋だった。
なるほど昨今のインバウンド需要の増加を考えれば、旅行者のニーズが多様となるのは当然の話。だが頭ではそうと分かっていても、長年、銀閣寺や平安神宮への道ばかり問われてきた身には、それは驚きの道案内だった。
ううむ。この町に求められるものも、随分変わったのだな。そんなことを考えながらスーパーに行けば、今度は外国人のカップルに「ミソはどこ?」と尋ねられる。幸い、調味料の棚が目の前だったので、「この辺りが全部味噌(みそ)だよ」と答えると、それほど種類が多いと思わなかったのか、二人とも目を丸くしている。
確かにこれは選びにくかろうと思い、「何に使うの? スープ?」と尋ねると、提げていたスーパーのカゴからパック詰めの餃子(ぎょうざ)を引っ張り出し、「これをミソで食べたいんだ!」とのこと。甘辛どちらがいいのかお好みを聞き、結局、チューブタイプの田楽味噌をお勧めしたが、なまじその町に住む者よりも、外から来た人々の方が様々な壁や思い込みを容易に越えてゆくらしい。ならばせめて私も、そんな方々に負けぬよう飄々(ひょうひょう)と生きていきたいが、さてどこまで自分の中の「京都」を越えられるだろうか。=朝日新聞2018年5月14日掲載
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