劇団四季のミュージカル『オペラ座の怪人』を観てきました。
同作の初観賞は、大学一年生の時、友人に誘ってもらったのがきっかけです。夢のような世界に一瞬で虜になり、劇場通いが始まりました。同じ演目でも、役者が違うと、作品の雰囲気もガラリと変わります。ファントム役は、クリスティーヌ役は、ラウル役は、誰が演じるのが一番好きかを友人と話すのも、楽しみの一つでした。
しかし徐々に、劇場から足が遠ざかります。就職、結婚、出産、小説家。気が付けば、二十年以上経っていました。知らない役者ばかりだろうな。私の好きだった頃とは、別世界になっているかもしれない。緊張しながら劇場に行き、配役発表のボードを見上げると、おおっ、と声を上げてしまいました。
ファントム役に、佐野正幸さん!
初観賞時に、ラウル役をされていた方だったのです。佐野さんだよ、私は佐野さん派だったんだ、声がかっこよくて、などと、友人と話していた時の興奮がよみがえってくるようでした。
ファントムもすばらしかった。
物語に、かつてない切なさを抱いたのは、佐野さんの熟成された演技と歌声に自分の二十年も重ねて、怪人から恋人を守ろうとする青年よりも、大切に見守ってきた女性を、若い男に奪われてしまう怪人の気持ちの方に、寄り添ってしまったからではないかと思います。
夢中になった世界が、ずっと続いていて、また、帰ってくることができた。この感動は、本の世界も同じなのではないか。どんなに好きでも、そこにい続けることは難しい。だけど、時を経て戻ってきた時、かつて夢中になった人の新刊があれば、今の自分と向き合いながら、その頃の気持ちに戻ることができる。そこから新しい出会いも始まり、やはり、自分はこの世界が好きだと、本への思いが再燃し、継続していくのではないか。
劇場からの帰り道、そういう小説家になれたらいいな、と思ったのでした。=朝日新聞2018年1月29日掲載
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