なんともおかしな小説である。近未来の列島で小説禁止令が発布されている。75歳の「わたし」は芸人の世界に詳しく、俳句界の巨匠・金子兜太と親交があり、批評家・柄谷行人を敬愛する。将来の著者を思わせる主人公はしかし、新しい戦後にペンを奪われ、いち早く小説禁止令に賛同した作家だった。
「随筆と小説のギリギリ」をめざしたという。夏目漱石や中上健次の作品を通じて小説の構造をとらえようと論じ、過去形を使うと事実らしくなると小説技術を冷笑する。自身の過去の作品も引いて、私小説、メタフィクション、文芸評論、どれも一部があてはまり、全体はそうでない。きまじめな語り口は滑稽さを増幅させる。
「いらいらしながら書いていたらこうなっちゃった」とのこと。「人間はどうしてこんなに愚かなんだ、と。今の政治に対する反発ややるせない怒りがこれを書かせた。暗い時代に素っ頓狂なことを書くのも小説家の役割だと思う」。不完全でぽんこつな方が小説はきっと自由なのだ。「“名作”じゃない感じがあれば成功です。名作みたいなものこそが戦争へと動かしていく感じがする。人々を一つにして」
テレビに舞台、音楽、しばしば仏像を見る旅をする。多忙な人だ。それなのに、別の作品を書きあぐねて「小説とは何か」を考えていたら、3、4カ月で本書ができたという。夢中になると書くスピードがどんどんあがる。
ほぼ同時期に、ルポ『「国境なき医師団」を見に行く』(講談社)を書き、精神科医でミュージシャン星野概念との対談『ラブという薬』(リトルモア)も刊行された。ノンフィクションにフィクションの筆致が混ざり、エッセーには小説の世界が侵食する。器用なのか不器用なのか。
出演する舞台が6月から始まる。「こういう時期に書きたくなる。小説を書いているときは読者の反応は感じることはできない。舞台は出ていっただけで客の様子が肌でわかる。肌でうけるほど書く意欲がわく。ひとつのことだけやれとなると、具合が悪くなりそう」
(文・中村真理子 写真・伊ケ崎忍)=朝日新聞2018年04月07日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい にしおかすみこさん「ポンコツ一家 2年目」インタビュー 泣いて笑って人生は続く 朝日新聞読書面
-
- 韓国文学 SF・ホラー・心理学…広がる韓国文学の世界 書店員オススメの5冊 好書好日編集部
-
- 韓国文学 ノーベル文学賞ハン・ガンさん 今から読みたい書店員オススメの7冊 好書好日編集部
- インタビュー 楳図かずおさん追悼 異彩放った巨匠「飛べる話を描きたかった」 2009年のインタビューを初公開 伊藤和弘
- インタビュー 「モモ(絵本版)」訳者・松永美穂さんインタビュー 名作の哲学的なエッセンスを丁寧に凝縮 大和田佳世
- トピック ポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」が100回を迎えました! 好書好日編集部
- インタビュー 寺地はるなさん「雫」インタビュー 中学の同級生4人の30年間を書いて見つけた「大人って自由」 PR by NHK出版
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社
- インタビュー 読みきかせで注意すべき著作権のポイントは? 絵本作家の上野与志さんインタビュー PR by 文字・活字文化推進機構
- インタビュー 崖っぷちボクサーの「狂気の挑戦」を切り取った9カ月 「一八〇秒の熱量」山本草介さん×米澤重隆さん対談 PR by 双葉社
- インタビュー 物語の主人公になりにくい仕事こそ描きたい 寺地はるなさん「こまどりたちが歌うなら」インタビュー PR by 集英社