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2020年代、「3度目の日本」創造 堺屋太一「団塊の世代」

写真・浅野哲司

 日本では1947年から51年までに生まれた人口が異常に多い。5年間で1253万人にも上る――。この事実を私に教えてくれたのは、厚生省(現・厚生労働省)の技官だった吉田寿三郎さんでした。
 すでに66年の「丙午(ひのえうま)年」の出生数は激減していた。つまり、日本人は出産をコントロールする技術を習得しており、将来の人口もそれほど増えず、未来は高齢者ばかりの社会になる、と吉田さんは予測しました。
 私は当時、大阪万博の政府館の準備を担当していた。その展示で、このことを国民に伝え、出生数を保つよう呼びかけて欲しい、と吉田さんは求めた。私は厚生省の人口問題研究所(現・国立社会保障・人口問題研究所)に問い合わせたが、日本の問題はむしろ「人口過剰」にある、といわれてしまいました。
 私は通商産業省(現・経済産業省)の鉱山石炭局鉱政課に異動。吉田さんから受け取った段ボール箱1杯分の資料をもとに小説を書こうと思いました。石油危機を予言した小説『油断!』がヒットし、出版各社から次作の依頼も来ました。人口問題をめぐって未来を予測する小説というアイデアに乗ってくれたのが講談社で、月刊「現代」に連載することになりました。
 「団塊」という言葉は、鉱山石炭局で覚えました。ある元素が非常に固まっているのを「ノジュール」、訳すと「団塊」というんですね。ある世代の人口が固まっている、この世代がずーっと塊のまま動いていく。そんな意味を込めました。「分かりにくい」とも言われたんですが、新語を作るつもりでした。
 月に45枚。役所で働きながら執筆しました。夜10時ごろに帰宅してから午前4時ごろまで机に向かう日々でした。私の一番の特技は気分転換が瞬時にできることなんです。だから二足のわらじができた。『油断!』のときは覆面作家でしたが、この作品では通産省のやつだ、と世間は分かっていたと思います。特に隠す気もなかったですが。
 4話構成の最終話は2000年ごろの日本が舞台。経済は停滞し、老人世代と現役世代の亀裂も生じつつあり、「日本民族の春と夏は短かった」「今は民族の秋」と登場人物が語る。
 人口減という未来予測に霞が関の官僚たちから批判を浴びましたが、結局、その通りになりました。大変な少子高齢社会。年金など社会保障の費用が膨らんで、若い世代の負担になっている。地方の衰退も深刻です。私が小説を書いた頃に、対策を立てておけばよかった。戦争中に「生めよ殖やせよ」と呼びかけた問題を意識して反対する人たちがいるが、出産を政府が国民に勧めればよかった。

一人ひとりの「知的自己満足」が力に

 今の日本は3度目の敗戦状態にあります。1度目は黒船に敗れて開国を強いられた江戸時代末期、2度目は太平洋戦争での敗北。今回は敵がいないだけに、たちの悪い敗戦です。
 今の日本の基本構造は、70年代からの官僚主導でつくられた。官僚は東京一極集中や正社員中心の労働形態、さらには人生の規格化まで生み出した。就職して金をためてから結婚し、小さな住宅を買う、という生き方が普通になった。
 でも、昭和時代の終わりから経済は失速し、低成長に。若い人たちは車やブランド品をもう欲しがらない。未来への不安があるから夢も抱きにくい。
 この3度目の敗戦状態から、日本を作り直すのは、東京五輪後の2020年代の仕事です。団塊の世代は70歳代後半に突入していく。彼らは日本を繁栄させてきましたが、年金や医療費などの社会保障費を膨らませ、繁栄を食いつぶし去っていく。
 問題は、その後。荒涼たる日本が残るのか。それとも新しい楽しみが生まれるのか。
 団塊の世代は夢を残してほしい。たとえば全国各地にある公園に寄付をしてもらう。ブランコや彫刻、花壇など、好きなものを公園に残してほしい。生きた証しになります。
 若い世代は、自分が何が好きなのかを一人ひとり考え、それを実行してほしいですね。世間から笑われたり、そんなの無駄やと言われてもいい。高度成長期は一人ひとりが経済成長し、その蓄積が高度成長になったように。今度は一人ひとりが「好きなこと」をやる。その蓄積が日本全体で大きな創造になる。
 知恵が価値を生み出す「知価革命」と呼んでいます。知的な営みに自己満足を得る。けっこう自信が必要です。自分がやっていることが人のため、世のためにもなる、ええことやと思わないといけないから。
 官僚主導の打破も必要です。五輪の騒動や東京都の市場移転問題をみても、官僚がいかに無責任か分かるでしょう。でも個々の人が悪いのではない。2年に1度、人事異動があり、新しいことを考える余地がない。前任者からの引き継ぎを忠実に実行すると、評判がよく出世をしていく。システムの問題です。
 官僚と業界団体と労働組合。この3者が旧秩序を作ってきた。地方議会もそうです。革新派、すなわち左翼も「革新」という名の守旧派。同じことばっかり言っている。日本を作り替えるのはこれらの勢力でなく、どこにも属さない消費者です。
 官僚主導で日本は「守旧」の病に侵されてきた。ところが、ある時点でぽこっと切れる。その1度目が明治維新で、2度目が終戦。3度目が2020年代。つまり「3度目の日本」がそのとき登場するんです。
 17年の流行語大賞に、この言葉を入れたいですね。今から「3度目の日本」を作っていかないと間に合わない。もし変われなかったら、徳川時代が続いて明治維新がないようなもの。日本は世界中から忘れられた「魅力のない国」になります。(聞き手・赤田康和)=朝日新聞2017年1月4日掲載