元帰還兵の奥崎謙三を追ったドキュメンタリー映画「ゆきゆきて、神軍」は1987年に公開されました。彼は「神軍平等兵」を名乗り、昭和天皇の戦争責任を過激に追及していました。常識の通じない言動には、多くの観客が違和感や反発を覚えたと思います。しかし80年代は風変わりな人や物を無理やり面白がる傾向があった。そんな時流に乗り、映画はヒットしました。
81年、神戸市に住む奥崎さんを訪ねました。7時間ぶっ通しで持論を話していました。過去に彼は、傷害致死罪などで3度有罪判決を受けています。しかし撮影を始めた当初は大変紳士的で、危険な感じはありませんでした。
私たちは、奥崎さんの属した連隊で終戦後に若い兵士が上官の命令で銃殺された事件の真相を追って、上官たちを訪ね歩いていました。ある元上官宅で奥崎さんは突然、相手に殴りかかりました。その時初めて、何をやらかすか分からない人だと実感しました。彼が殴っている間も、近所の人々が駆けつけ、彼をねじ伏せた時も、僕はカメラを回し続けました。それを褒められることがありますが、深い思惑があったわけではありません。どうしたらいいのか分からなかっただけなんです。
僕は奥崎さんが「よし行くぞ」と突撃する後ろからカメラで追っかけていただけでした。撮影の途中で、撮り終えた映像を見せたことがありました。奥崎さんは大層感激して「原さん、感謝の印です。私が人を殺す場面を撮って下さい」と言いました。その時、本質的な恐怖というものを感じました。
奥崎さんとは何度も決裂しました。「フィルムを全部燃やせ」と怒鳴られました。しかし数日経つと必ず彼から電話が来て「いいアイデアを思いついた」と何事もなかったように話すんです。僕も徐々に慣れてきました。
奥崎さんは83年、元中隊長宅へ出向き、応対した息子に発砲して殺人未遂罪で逮捕されました。映画の公開は彼の服役中のことです。服役中だったから映画が完成したのです。編集の時に奥崎さんが横にいたら、あれこれ口を出してきて完成しなかったでしょう。
映画が公開されてほどなく、天皇が病に倒れ、世間は自粛ムードになりました。完成が1年遅かったら公開出来なかった。奥崎さんは「原さんは監督じゃない。神が演出しているんだ」と言っていた。僕もそう思います。この映画が生まれたのは奇跡でした。
奥崎さんは2005年に亡くなりました。形見分けにビデオテープをもらいました。ラベルには「神軍平等兵の凱歌(がいか)」「神軍平等兵の遺言」などと書いてあり、横たわった彼が持論を述べる姿が映っていました。彼はパート2を作りたがっていました。奥崎さんにとっては法を犯すことが自己表現。次の自己表現は確実におぞましいものになる。作るべきでないと、自分に言い聞かせるのに随分長くかかりました。
奥崎さんの手法には大いに問題があります。しかし、彼は、批判を承知の上であえて目立つように活動していたのだと思うんです。衆によることなく体を張って天下国家に物申してきた。時代にあらがうというのはどういうことなのか。奥崎さんが訴えてきたことの意味を、今こそ考えてほしいと思います。(聞き手 編集委員・石飛徳樹)=朝日新聞2015年10月27日掲載
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