北海道のお菓子「白い恋人」をつくっている石屋製菓の社長。10年前の2007年夏に起きた賞味期限改ざんによる信頼失墜、父である当時の社長の辞任、倒産の危機に直面したのは、創業家の一員として取締役になったばかりのころだった。
「会社がつぶれるかもしれないと本気で思った。もう、気持ちは真っ暗。ただ、殺到する苦情電話の中に10件に1件くらい『がんばって』『復活、待っているから』という励ましがあった。それだけが救いでした」
本には、当時何が起きていたのか、信頼回復に向けてどんなことをしたのかを、丁寧につづった。「美味(おい)しいものを頑(かたく)なにつくっているだけではだめだ。しっかり品質管理をおこない、そうした努力を消費者にも伝えていく。それが『安心・安全』なんだ」とも書いた。その表れがお菓子を包む包装紙。一枚一枚に製造年月日と賞味期限を印字するようにした。
鮮明に覚えているのは、約3カ月間の自主休業を経た後の販売再開の日。「白い恋人」を買ってくれたのは観光客ではなく、北海道の人たちだった。百貨店では長蛇の列ができ、新千歳空港の売り場では出張する人たちがお土産に購入した。この日から半年近く、どの店舗でも即日完売が続いた。北海道の人たちの「白い恋人」に寄せる思いを痛切に感じた。
社長に就任したのは13年7月。子どものころからの念願だった「お菓子屋さんの社長」になった。「しあわせをつくるお菓子を提供できる会社にする」と決意した。現在、会社の売り上げの8割は「白い恋人」だが、新しい商品もどんどん開発したい。
年間の有料入館者が70万人を超えるという札幌市内の「白い恋人パーク」で、石水さんに「あなたにとって『白い恋人』とは何ですか?」と聞いた。「物心ついたときからそばにいた永遠の恋人」と少し照れながら答えてくれた。
「では北海道とは?」
「全力で恩返しをする場所」。間髪入れず、力強い言葉が返ってきた。(西秀治)=朝日新聞2017年05月21日掲載
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