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解決しにくい状況に焦らずつきあう 帚木蓬生さん「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」 

 聞き慣れない横文字の書名。「すぐには答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」のことを言うそうだ。何かが「できる能力」ではなく、「できない状況を受け止める能力」とも言える。東大卒のテレビマンから精神科医に転じ、精力的に書き続ける作家でもある著者には縁の薄い能力なのでは……。
 「いえ、精神科医として臨床40年、常に自分の無能を突きつけられてきました。ネガティブ・ケイパビリティという言葉を知らなければ、続けてこられたかどうか」
 たとえば、ライフワークとして取り組んでいるギャンブル依存症患者の診察。「兄貴もう死んでくれ」「私の30年返して」。巻き込まれた家族の悲痛な叫びが、診察室に響くこともしばしば。「どうにか治さないと、と思っても、できることは限られているんです」
 ギャンブル依存症は、患者自身が自助グループに参加するなどして、時間をかけて自分との折り合いをつけることが必要なのだという。「医師に求められるのはすぐには治せないことを受け入れて、患者が歩む長い道のりに連れ添うこと。ただちに解決できない状況につき合えるのも一つの能力。そう思えたら、肝が据わります」
 本書は、ネガティブ・ケイパビリティという言葉を生み出した19世紀イギリスの詩人、ジョン・キーツの生涯をたどることから始まる。元々は詩作の際に自分を空っぽにして、対象を見つめ続けることの大切さを言い表した言葉だ。
 20世紀に入り、精神科医がその言葉を再発見。患者を診る際に欠かせない「共感」の土台となる考え方として、精神医学の世界で知られるようになった。詩人の生んだ言葉が、医学の世界で新たな生命を与えられる。そのドラマを描くのは、精神科病棟を舞台にした『閉鎖病棟』など数々の小説を手がけてきた文学者であり、現役医師でもある著者の真骨頂だろう。
 教育や介護に携わる人にも知ってほしいという。「人と人が接するところの問題は、おいそれと解決できなくて当たり前。無力感を覚えそうになったとき、この言葉が支えになる人は多いはずです」 (文と写真:上原佳久)=朝日新聞2017年05月28日掲載