古典落語を紹介しながら、男女の感情の機微をつづった書だ。泥棒をも手玉に取る女性の魅力と強さ、翻弄(ほんろう)される男たちの愚かしさや切なさ。そして、許されぬ恋を貫く男女の純粋さ——。
人情噺(ばなし)の妙手。特に女性を演じるときの繊細で優しい雰囲気はこの人ならでは。本書を読むと、文体にも、それが表れている。著者が、演じる人物たちに温かく優しい気持ちを抱き、寄り添っていることが伝わってくるのだ。
名作「芝浜」。大金の入った財布を拾い、飲んで暮らせるとうかれる亭主。翌朝、おかみさんは「財布を拾ったのは夢」とだます。おかげで亭主は仕事に精を出して、成功する有名な人情噺。高座を収録した付属のDVDを聞くと、おかみさんの亭主に寄せる情愛が聞く人をも包み込む。
「ぼくの中では主人公はおかみさん。おかみさんの目線で話している」と語る。彼女がふと漏らす「わたし大みそかって嫌い」という言葉で、借金取りが押しかける年の瀬への恐怖感を表し、貧しさに耐えてきた人生を描き出す。
芝浜のおかみさんを含め、市井の人たちを生き生きと演じる。その秘訣(ひけつ)は……。
師匠の五代目柳家小さんから学んだ「人に対して互角に向き合うことの大事さ」が背景にあるようだ。家族にも、寄席に来るお客さんにも、自らを上にして尊大になってはいけない。また過剰に自らを卑下することもなく、誠実に向き合う。そんな教えだ。
デジタル技術が進んだ100年後の落語について尋ねると、「立体画像がしゃべるのを聞くのが普通で、生身の人間の高座は珍しくなるかも」と笑う。でも、大事なのは時代を超えて生きる「落語のだしの味」で、それを伝えていきたいとの思いは強い。
芸歴50年を迎えた今も年800回以上、高座に上がる。落語とは何かと問うと、「涙」と答えた。笑いすぎてこぼす涙があれば、人情噺を聞いて落ちる涙もあるから。でも、照れくさくなったのか、「いえやっぱり、(落語家にとっては)生活の糧ですね」と言い直し、笑いを誘った。
(文・赤田康和 写真・飯塚悟)=朝日新聞2017年8月13日掲載
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