今年のNHK大河ドラマの主人公は西郷隆盛。意外なことに単独で大河ドラマの主役になるのは初めてだという。思い出してみれば、大志を抱き、大久保利通(鹿賀丈史)と飛び上がっていた「翔(と)ぶが如(ごと)く」の西田敏行はじめ、「篤姫」の小澤征悦、「龍馬伝」の高橋克実など大河ドラマだけでも多くの西郷を見てきたが、そのイメージはほぼ同じ。薩摩の下級武士から、明治維新に多大な貢献をするも西南戦争に敗れて没する。大柄でギョロメもおなじみだ。しかし、こうしてその実像に迫った本を読むと、知らないことばかり。映像で描かれたのは「ドラマチックな西郷限定」だったことがよくわかる。
『西郷隆盛の言葉100』から見えるのは西郷の純情だ。勝海舟との江戸城無血開城決定の際には「いろいろ難しい議論もありましょうが、私が一身にかけてお引き受けします」と言い切る。貧苦の中で育った西郷の「暗い場所にいる者は、明るい所にいる者をよく見ることができる。しかし明るい場所にいる者は、暗い所にいる者を見ることはできない」の言葉は、ちょうど昨年末、生活保護費削減が取り上げられた時期に読んだので、胸打たれた。現代語表記と発言背景の解説により、読みやすいのは助かる。
留守番チーム
西郷を政治家として見つめたのが『西郷内閣』である。
明治4年11月、西郷は岩倉具視らの「欧米使節団」を送り出し、留守番内閣を引き受けることになった。西郷留守番内閣はよく働く。使節団が帰国するまでの2年弱の間に地租改正に取り組み、華族・士族・卒・平民の身分制度を整え、人身売買の禁止も布告。北海道への移住も認め、小学校教科書を頒布して初等教育を義務化。明治社会の基礎を作ったのは、留守番チームだったのではと思えてくる。
奮闘した西郷だが、旧藩主の父、島津久光からは憎まれる。怒った久光は花火を打ち上げ、うっぷんを晴らしたというんだからすさまじい。しかも西郷は、使節団が帰国すると追われるように政治の表舞台から去る。つくづく駆け引きがうまくない。というか、伊藤博文らの西郷排除の画策が黒すぎる。
そして3冊目は『西郷隆盛はなぜ犬を連れているのか』。
上野の犬連れ銅像でおなじみの西郷は、引っ越しでも温泉旅行でもワンコ同伴。西南戦争の最中でも悠々と犬の頭をなでていた。ただし、それはペットではなく、狩猟犬。ウサギや猪(いのしし)を狩り、仲間にふるまうためだ。
司馬遼太郎は、西南戦争の西郷と犬について、敗色濃厚の中、盟友桐野利秋ともうまくいかなくなった西郷は「犬と話すしかなかった」と見ていたらしい。しかし、本書は「最後に犬に行ってしまったのではない。最初からずっと犬と一緒にいたのだ」と指摘する。
伝わる強烈な熱
この3冊に共通して感じるのは強烈な「西郷隆盛熱」だ。たとえば『言葉100』の中に、龍馬が家に泊まりにきた際、「お国のために命を賭けているお方に、使い古しの褌(ふんどし)をやつとは何ごつ。早う新しい物をお渡しせにゃいかん」との言葉がある。来客に古褌というのにも驚くが、こんなプライベート発言まで伝えられていることにもびっくりだ。100年以上前の誰かが伝え、それを現代の筆者高橋伸幸さんが取り上げる。どちらも相当な西郷熱の持ち主だ。
『西郷内閣』の早瀬利之さんはこの企画を実に50年前から温めていたのだという。『犬』の仁科邦男さんも黒毛、蘭(らん)犬など種類から頭数、散歩した場所も徹底調査。巻末の「『西郷隆盛と犬』の略年表」は圧巻だ。言葉で政治で犬で、西郷の存在感の大きさを改めてかみしめられる3冊。熱が移りそうだ=朝日新聞2018年1月7日掲載