あれは何だったのかと、いまだに思い出す味がある。不味(まず)かったが、それゆえ、記憶の底に沈殿している味だ。
二十五年前、わたしはトカラ列島の諏訪之瀬島に行った。この島はリゾート開発を行おうとしたが、反対運動があったりして、開発途中で中止になった。その名残で、滑走路が半ば廃墟(はいきょ)のようになって残っている。雑誌でこの記事を読んで、実物を見たくなり、諏訪之瀬島に向かったのだ。天気が荒れ、鹿児島から出るフェリーは欠航が続き、東京を出てから一週間後、ようやく諏訪之瀬島に着いた。
雨も降っていたが、すぐに目的の滑走路を目指した。坂を登り続け、ようやく到着し、滑走路の端から端まで歩いた。あたりまえだが誰もいなくて、なにもなかった。自分はなにをしてるのだろうと思った。本当は島でキャンプをして、商店があったら食材を調達しようと思っていたが、島には食堂も商店もなかった。考えが甘かった。わたしは半日後に奄美大島から戻ってくるフェリーを待つことにした。
朝から何も食べてなくて、ものすごく腹が減っていた。しかし食堂はない。わたしは途中の道にあった民宿らしきところに寄って、「なにか食べさせてくれませんか」と訊(たず)ねた。宿の人は、びしょ濡(ぬ)れのわたしを見て、怪訝(けげん)そうな顔をしたが、中に入れてくれた。そこは民家の居間だった。島の道路を工事している人が二人、コタツに入って食事をしていた。わたしもコタツの中に入った。挨拶(あいさつ)をしたが、ジロっと顔を見られただけだった。注文を取られることもなくカレーが出てきた。真黄色のカレーだった。味はレトルトのカレーで、中にふにゃふにゃしたゴムみたいな肉が入っていた。なんの肉だかわからず、口の中に入れると、カレーの風味では誤魔化(ごまか)しきれない臭みが広がった。本当に不味かった。泣きたくなった。しかし腹が減っていたので、全て食べた。得体(えたい)の知れない肉を食べたが、その場の雰囲気から、「これはなんの肉ですか?」と訊(き)けなかった。カレーは千五百円だった。高かった。島の値段なのかと思ったが、ボッタくられたのかもしれない。その後、港に戻りコンテナに入って雨をしのいでいると、野生のヤギがコンテナに入ってきた。口の中には、ゴムみたいな肉の臭みがまだ残っていた。
帰りのフェリーで知り合ったおじさんに、そのカレーのことを話すと「それはウミヘビだな」と言われた。以降ウミヘビのカレーを食べたことはないけれど、あの味はわたしの記憶の中に沈殿しているのだった。=朝日新聞2017年11月04日掲載
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