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笑いで届ける重いテーマ 書評家・吉田伸子さんオススメの3冊

  • 宮崎誉子『水田マリのわだかまり』(新潮社)
  • 安壇美緒『天龍院亜希子の日記』(集英社)
  • 村山由佳『風は西から』(幻冬舎)

 前作『女子虫』から5年半、待ちに待った宮崎誉子さんの新刊『水田マリのわだかまり』は、「三日で高校を辞めた」水田マリが主人公。母親は宗教にハマり出奔、父親は若い女と駆け落ち。今は祖父母とともに暮らすマリは、高校を辞めた翌日から「洗剤を扱う工場」でパートとして働き始める。物語は、そのマリの日々を追う。
 マリが背負っているもの――家庭の事情はもちろん、中学時代、いじめで自殺した同級生のこと、そして何よりも工場での日々――はなかなかにハードなのだけど、物語自体にちりばめられた毒のあるユーモアが秀逸。
 同時収録されている「笑う門には老い来たる」もそうなのだけど、実は重いテーマを、笑いというオブラートに包んで読ませる、そしてそれが読者の胸の深いところに届く、というのが素晴らしい。
 安壇(あだん)美緒さんの『天龍院亜希子の日記』は、小説すばる新人賞を受賞したデビュー作。人材派遣会社に勤める27歳の田町譲(ゆずる)。新卒で就職後に転職した会社はブラックだし、恋人との関係は、結婚の二文字がちらつき始めて以来、行き詰まっている。神経がゆっくりとすり減っていくような日々、譲の心の拠(よ)り所となったのが、小学校卒業以来、その消息さえ知らなかった元同級生がネットにあげている日記と、幼い頃から憧れていたプロ野球選手だった。
 ごく普通の27歳の働く男子の日常を描いているだけなのに、緩やかに物語に引き込まれてしまうのは、作者の筆力と、物事に対する視線のフラットさだ。日本全国の名もなき譲たち、そして亜希子たちへの、これは慎(つつ)ましやかなエールでもある。
 村山由佳さんの『風は西から』は、その真面目さゆえにたった一人で疲労と苦悩を溜(た)め込み、自殺してしまった恋人・健介のために、その恋人の両親とともに、そのブラックさにおいて名高い大企業を相手どって闘いを挑むヒロインを描いた物語。
 過労死という言葉のその陰に、どれだけ“血の涙”が流されているのか。前半の健介が自死を選ぶまでのくだりも、後半の千秋の闘いも胸に刺さる。重厚な物語のラスト、希望の風のような3行がしみじみと沁(し)みる。=朝日新聞2018年4月15日掲載