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プロローグ わたしが旅に出た理由

モロッコのシャウエンにて。そこからどんな景色が見えるのだろう?

 あれは25歳になった頃だったと思う。

 私は新聞記者として青森市に赴任していた。それなりに仕事は充実していたのだけれど、どこかで「このままでいいのかな」という将来に対する漠然とした不安やモヤモヤを抱えていた。 その不安をかき消すように、仕事に打ち込んだし、浴びるように酒も飲んだ。

 そして、時間があれば本を読んだ。大学は文学部だったから、それまでも人並みに本は読んできたつもりだったのだけれど、振り返ればその頃の私は何かに取り憑かれたように本を読んでいた いろいろな本を読むうちに、私のこのモヤモヤはどうやら私一人のものではない、ということがわかってきた。小説に出てくるアラサーの主人公は現状に満足しつつもどこかで不安を抱えていたし、女性のキャリアを扱った新書では似たような悩みを抱えた人がはっきりと「症候群」として名づけられていた。

ニューヨークの街角
ニューヨークの街角

 同じ頃のゴールデンウィーク。1週間の休みをもらって、一人でベトナムのホーチミンを旅した。

 久しぶりの海外旅行だった。ずっと興奮していた。とにかく街を歩き回った。疲れたら、甘いベトナムコーヒーを飲んで、また歩き続けた。道路に直に座ってボードゲームをしているおじさんたちがいた。決して裕福ではないのだろうけど、笑っていた。ふとした景色や出来事にいちいち心を躍らせた。

 何もかもが新鮮に見えた。世界はこんなにも鮮やかで、五感を刺激してくれるところなのか。
泣きたくなるほどに、これまでの自分の〝世界〟の狭さを感じた。

 会社を辞めてもいいかもな。そう素直に思えた。

旅先で知り合ったドイツ人のトムに、「何か雪の上に書いて!」と言ったら、「We were here !」と書いた
旅先で知り合ったドイツ人のトムに、「何か雪の上に書いて!」と言ったら、「We were here !」と書いた

 作家の沢木耕太郎が「深夜特急」の旅をしたのは26歳の時だったんだよ、というと多くの人は驚くのに、会社を辞めてみようと思うの、と伝えると「もったいないね」「思い切ったね」と言われた。なんとなく言いたいことは分かった。悩んだけれど、相当悩んだけれど、私は私の意志で4年半勤めた新聞社を辞めた。

 そして、今、私は時々旅をしながら、フリーライターとして仕事をしている。会社を辞めてすぐ3か月間の世界一周の一人旅に出た。60日間で12か国という忙しい旅だったけれど、一生涯忘れることがないであろう充実した旅だった。

 本を読むのはなぜなのか。旅に出るのはなぜなのか。

 この連載の話をもらったときにそんなことを考えた。

モロッコのシャウエンの日常。おばあさんの服まで青だった
モロッコのシャウエンの日常。おばあさんの服まで青だった

 今のところの答えは、その時の私にはそれが必要だったということ。本のページをめくるたび、世界の街角を訪れるたび、心のどこかで感じていた閉塞感や不安感が少しずつ溶けていくような感覚があったから。だから私は本を読んだし、旅に出たのだ。

 どんな人にとっても、本を読むこと、旅に出ることが「正解」だとは言い切れないし、必ずそれが「人生を変える」とは思っていない。

 だけれど、身をもって言えるのは、いつかふとした瞬間に、その経験が自分を支えてくれたり、後押ししてくれたり、寄り添ってくれる。そう信じている。旅で見つけたお気に入りの景色、本で出会った素敵な一文。そんなかけらをつなぎ合わせて、これからゆるりと文章を綴っていきたいと思う。