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「エヴァ」でも注目、「死海文書」に世界はなぜ驚かされるのか? 日本語版刊行開始

文・北林のぶお
文・北林のぶお

 「死海文書」は、確かに存在している。旧約聖書の写本を含む約2000年前の古文書が、「世紀の大発見」と言われてから約70年。解読作業の遅れから、オカルト的な興味の対象になったり、真偽そのものを疑う声も一部で上がった。ようやく現存する文書の公刊がほぼ終わり、日本でも全12冊の刊行が始まった。ぷねうま舎の社長で編集を担当した中川和夫氏は、聖書を新たに読み解く試みについて「長年の夢を実現できた」と、静かに語る。

――まず「死海文書とは何か」というところからお聞かせください。

 1946年から47年にかけて、現在のヨルダン川西岸地区にある死海のほとりの洞くつ群から、ベドウィンの羊飼いの少年が偶然にも巻物を収めた壺を見つけた、という逸話が伝えられています。巻物は後に20世紀最大の考古学的発見と言われるのですが、ベドウィンから古物商、さらにはシリア正教会の大司教の手に渡り、数奇な運命をたどりました。

 文書は大部分が羊皮紙、一部はパピルスで、主にヘブライ語やアラム語で書かれていました。周辺の洞くつで見つかったのも含めて現時点で800点余り、そのうち約200点が旧約聖書の写本にあたり、このたび翻訳するその他の約600点には、聖書の語り直し、詩篇、儀礼文書、知恵文書、魔術文書などが含まれます。

 公開があまりにも遅れたために、「バチカンに都合の悪いことが書かれていたのでは」という陰謀説も話題を集めました。写真も公開された現在では、そういう憶測は根拠に乏しいのですが、アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」の影響で興味を持った方も多いようですね。

――いつ頃の時代のもので、誰が書いたのですか?

 洞くつの近くのクムラン遺跡では、城壁を持った建造物や集会所、食堂などが発掘されており、ユダヤ教の一派の人々が宗教的な共同生活を送っていたとされています。死海文書は、「クムラン教団」と呼ばれる彼らが書き写したと考えられ、紀元前140年頃から、ローマ帝国がエルサレムを陥落させる2年前の紀元後68年にかけてのものと推定されています。

――今回の日本語版はどのような形で刊行されますか?

 大まかに旧約聖書のジャンル分けに基づいて12冊に分け、6月に配本した『詩篇』以降、隔月刊行を予定しています。旧約聖書学やユダヤ学などを専門家とする方々に原語からの翻訳に挑戦していただきました。死海文書自体には欠損部分があり、それをいかに復元するかが問題ですが、今回は本文見開きの左に置く傍注の形式で、復元の根拠、聖書の関連箇所などを示す形式を採用しました。

――学術的に大きな意義を持つ理由は?

 これまでヘブライ語聖書の完全な写本は、11世紀初めのレニングラード写本が最も古いとされていました。それを1000年もさかのぼる聖書写本が出てきたわけで、しかも「イザヤ書」などは二つの写本の異同の少なさに、むしろ驚くほどだと言います。また、聖書にはヘブライ語版のほかに、ギリシア語訳やラテン語訳などがありますが、それらと死海の写本とを突き合わせると、ヘブライ語版よりギリシア語訳と重なる場合もあるようです。すなわち現行聖書の根拠となっている写本は、すでにこの時代から複数存在していたことになります。

 紀元前後のユダヤ教周辺の文書には、聖書の外典、偽典のほか、ラビ文献などがありますが、死海文書にはこれまでまったく知られていなかったテキストも数多く見つかっています。当時は正典という考え方はなかったはずですので、クムラン教団の信仰生活の柱となり、かつ共同体を維持運営していくための一連の書物が死海文書だと言えます。

――時代を考えると、原始キリスト教団やイエスとの関わりはなかったのですか?

 関連付けようとする論文や書物は多くありますが、ここまで校訂された中では、イエスと彼の集団に対する直接の記述は見当たらないそうです。ただ、死海文書にある終末論、「光の子らと闇の子らとの戦い」という二元論的な発想、後の時代の出来事がすでに旧約聖書で預言されていたとする解釈など、キリスト教と共通する部分も多くあります。

 クムラン教団は男性だけの共同体という可能性があり、ユダヤ教のエッセネ派だったという説が有力です。イエス自身がエッセネ派に属していたという説も完全には否定されていません。同時代に似たような独自の理念を掲げる二つの教団が存在して、一方が歴史から姿を消し、一方が近代文明の基礎を築く世界宗教になったと考えると、とてもドラマチックですよね。

――「死海文書」でググったら、2017年や2018年に世界滅亡だとか、物騒な検索結果がたくさん出てきたんですが・・・・・・。

 それが今なのかはともかく、死海文書には終末論も含まれているので、そういう解釈も不可能ではないですね。実を言うと僕は約20年前、ノストラダムスの翻訳本を担当したことがあるんです(笑)。あれの原文はまさしく「詩」なので、予言かどうかは解釈する側の問題かなと。だけど、若い世代や社会全体がそういう考え方に引き付けられた時に、その背景に何があるのかを僕らは考える努力をすべきだと思うんです。

――一般の読者の方々に「死海文書」をどう味わってほしいですか?

 失われていた古代の文書ですので、そこには現代の僕たちが思いもよらない生き方や発想法がきっとあります。想像力を駆使して、とりわけ欠損箇所など補いながら読むと、必ず発見があると思います。近年、ある種のデジャヴ感と言いますか、すでに見るべきほどのものは見たという空気が、社会や文化全般を覆っているように思うのです。この古代文書から、視野を変える、あるいは生き方を変えるヒントを探していただければうれしいですね。

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