「ロダンを魅了した幻の大女優 マダム・ハナコ」書評 西洋人のハート、誠意で射抜く
ISBN: 9784763018106
発売⽇: 2018/06/09
サイズ: 20cm/286p
ロダンを魅了した幻の大女優 マダム・ハナコ [著]大野芳
本書は明治35(1902)年から大正10(1921)年までの約20年間、西欧で女優マダム・ハナコとして活躍し、ロダンにも愛でられて多数の彫刻のモデルとなった太田花子の足跡を、本人からの聞き書きと内外の史料や証言、埋もれた記録を掘り起こしつつたどった労作である。
不幸な生い立ちを背負った花子は芸者屋へ売られ、駆け落ちした男にも捨てられて失意のどん底に。国際博覧会など日本ブームにわくドイツへ渡って女優になり、やがて一座を組んで西欧諸国を巡業、ロシアの涯てからニューヨークまで縦横無尽に駆け巡って大人気を博す。異国の言葉もわからず知識もない花子がよくあの時代に活躍できたものだと驚嘆させられる。
とはいえ、それだけなら「世界の涯てに日本人がいた!」という程度の感嘆符で終わってしまう。本書の肝はそこではない。
なぜ花子は西洋人にこれほどモテたのか。西洋人から見れば子供のような体形の花子が舞台の上で切腹の場面などをリアルに演じて拍手喝采を浴びる。東洋人の女優が珍しかったのは確かだろうが、本書に掲載された数々の写真を見ても、正直、花子は美女ではなく、愛くるしいとも言い難い。
著者は巧みにその謎を解いてみせる。夫が死んだときも、開幕が迫る中、列車の中で号泣しつつ巡業地へ向かう花子。山賊が出るという山道で遅れ、塵穢にまみれたまま舞台の前で観客に詫びる花子。巡業の列車ではトイレでも必死で異国語を覚えた。どこにいてもロダンを気づかって手紙を書き、ロダンの内妻を思いやる。やっぱり心なのだ。それだけは世界共通!
森鷗外をはじめ当時の日本人は、芸者あがりの花子を酷評し嘲笑した。誤解の元となる短編まで書いた。だからこそ、著者は本書を世に問うたのではないか。表層で人を評価してはいけない。言語や知識を越えた誠意だけが、人を、世界を動かすのだ……と。
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おおの・かおる 1941年生まれ。ノンフィクション作家。『北針』『宮中某重大事件』『戦艦大和転針ス』など。