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おくやまゆか「むかしこっぷり」 身近な人々の人生の妙味と苦味

『むかしこっぷり』 [著]おくやまゆか

 あなたにもきっとあるだろう。普段は忘れていても、ふとした瞬間に浮かんでくる幼い日の情景。大した事件でもないのに、なぜか心に刻まれている出来事。親族や友人らからそんな人生の一場面を聞き取り、掌編マンガに描き起こしたのが本書である。
 つまり、フィクションではなく実体験。しかし、浜辺で遊んでいたら学生服の青年に十円玉をもらった話、猫に襲われて死んだ鶏を別の鶏がじっと見ていた話など、どこかシュールで白日夢のようなエピソードに幻惑される。一方で、どうしようもない現実に向き合った「イモのはなし」の少年のすがすがしい哀(かな)しみの表現には肌が粟(あわ)立つ。
 昔の話で記憶のすり替わりもあるかもしれないが、人生の妙味と苦味(にがみ)を感じさせる10編。「誰でも一生に一本は小説が書ける」というけれど、実際は書かない人が大多数を占める。そんな“語られずに消えていくはずだった物語”を、作者は見事にすくい上げてみせた。身近な相手とはいえ、こんな話を引き出す「聞く力」にも感嘆する。
 やわらかな描線、愛嬌(あいきょう)のある人物、フリーハンドで描かれる背景。乳白色の光に包まれたかのような世界は、温かくすこやかで懐かしい。=朝日新聞2018年8月11日掲載