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奇書・電子のみ…多様な本 作家・円城塔

  • ドナルド・E・ウェストレイク『さらば、シェへラザード』(矢口誠訳、国書刊行会)
  • Fafs F.Sashimi『異世界語入門』(KADOKAWA)
  • 柴田勝家『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』(早川書房、電子書籍オリジナル)

 かねてより奇書の評判が高かった『さらば、シェヘラザード』の主人公は、ポルノ小説のゴーストライター。他人名義で順調にポルノを書きとばしてきた。
 しかし29冊目を前にして筆が全く進まなくなり、締め切りだけが迫ってくる。やむをえず思いついたことを片っぱしから書きはじめ、奥さんとの馴(な)れ初めなんかを書いてしまう。そんなものが使い物になるわけはなく、第1章だけが繰り返し書き直されて、本書にも第1章が並び続ける。作者と読者がこの第1章地獄から脱出できるのかは読んでみてのお楽しみ。
 複数の小説投稿サイトで連載中の「異世界語入門」が書籍化された。「転生したけど日本語が通じなかった」という副題のとおり、主人公はある日自分が、見知らぬ世界に放り出されたことを知るのだが、そこでは言葉が通じない。ライトノベル的な展開を期待した主人公は肩透かしにあうわけだが、めげずにその言語の習得に(ライトノベル的展開をはさみつつ)はげむことになる。
 一番の注目はここで登場する言語が、作者の自作ということである。あとがきもその言葉で書いてあったりして、異世界の言葉について考えたことのある人や、架空言語好きには楽しい一冊。
 SF読者のファン投票によって選ばれる星雲賞の日本短編部門を今年受賞したのが、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」。雑誌やアンソロジーに既出の作品だが、表題作と、著者のVR(バーチャル・リアリティ)技術体験レポートを合わせた電子版が発売となった。
 生まれた時からVRのヘッドセットを装着して暮らす少数民族の生活を紹介するという体裁をとる本作は古き良きSF風味を漂わせるが、かつてはSFの中にしか存在しなかった架空の現実が、今実際に体験できるものとなっているという後半のレポートと続けて読むと、よくわからない感動が襲ってきたりして、新たな種類の読書体験というものかもしれない。
 原著の刊行が1970年の紙の本、ネット連載中の作品のはじまり部分の書籍化、短篇(たんぺん)を単体で販売する電子書籍と、いまや、本のあり方もさまざまである。=朝日新聞2018年8月12日掲載