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ロンドン五輪後の挫折を乗り越え、今がある  競泳・鈴木聡美さん(後編)

文:熊坂麻美、写真:有村蓮、競技写真は©朝日新聞社

「獲れちゃった」ロンドン五輪で3つのメダル

――鈴木さんがロンドンオリンピックに出場したのは大学4年生の時。初出場にして3つのメダルを獲る快挙でした。オリンピックの舞台で緊張はしませんでしたか?

 「獲った」というより「獲れちゃった」というほうが正しいかもしれないですね。今振り返っても、初出場とは思えないほどオリンピックを楽しんでいました。もちろん緊張はしましたが、スタンド席にいる両親を見つけて「いるいる!」とか「歓声がすごい!」とか、テンションが上がりっぱなしでずっと笑ってましたから。でも笑えるのはガチガチになっていない証拠で、いい緊張感なんです。ある程度冷静な部分もあり、かつハイテンションのまま泳げたのがよかったんだと思います。

 最初の種目だった100m平泳ぎ決勝では、スタートがやり直しになって一時中断するハプニングがありました。周りの選手はすごくピリピリしていましたけど、その時も私はリラックスしていた。レース再開の合図があって、思い切りよく飛び込んで自分の泳ぎをしたら3着で。その衝撃といったら(笑)。

――メダルを狙っていたわけではなかったんですね。

 レースの前日に当時高校3年生だった萩野公介選手が400m個人メドレーで銅メダルを獲りました。それが刺激になり「私もメダルがほしい!」と思ったのですが、いざ本番を迎えたら恐れ多い気持ちになって、自分の泳ぎを目指そうと。だから余計に銅メダルという結果に驚きました。でもこのメダルで完全に勢いにのった感じでしたね。

――メダリストになって世間の注目を集めるようになりました。取り巻く世界が一変したと思います。

 帰国してたくさんの人に温かく迎えていただいてうれしかったのですが、どこに行くにも声をかけられてサインや撮影を求められ、そうした環境の変化に気持ちが全然ついていきませんでした。もともと私は目立つのが苦手で引っ込み思案な性格。注目されて「いつも見られている」感覚に耐えられなくなって、自分にも周りにも不信感を持つようになってしまったんです。

 オリンピックの翌年に社会人になったのもあって、もう大人だから自分ひとりの力で乗り越えなければと頑なになり、どんどん負のスパイラルに陥って。気持ちも泳ぎもバラバラで、しばらく苦しい時期が続きました。

引退勧告されると思った代表落ち

――その状況をどうやって打開していったのでしょうか。

 2015年の日本選手権で負けて、ついに代表落ちしました。すごくショックで、引退勧告されると思って「これで終わりたくない、どんな練習でもついていくから教えてください」と泣きながら監督に決意表明をしたんです。これをきっかけにだいぶ気持ちが吹っ切れて、2016年のリオオリンピックは200m平泳ぎで代表になんとか滑り込みました。でも本番は準決勝で敗退。まだどこか自分を信じられない、監督に呆れられたくないという気持ちから萎縮して、自分らしい泳ぎができていなかったんだと思います。

 2017年になってトレーナーさんが変わり、ある日、見透かされたようにその方に「どうしてもっと監督を頼らないの?」と言われました。それで「怒られて見捨てられるのが怖い」と、すべてを正直に打ち明けたら「バカじゃないの?」と笑い飛ばされて(笑)。「メダルが欲しいなら、どんなに怒られても呆れられても監督を信じて頼ってついていくんだよ」と諭してもらって、「そうか!」と本当に気持ちが軽くなりました。そこから、気持ちも泳ぎも一気に変わりましたね。 

――パンパシフィック選手権、アジア大会と、今シーズンの活躍は〝復活〟を印象付けました。

 苦しい時期を乗り越えたことで強くなれましたし、今シーズンは自分の長所である「のびやかな泳ぎ」ができている気がします。パンパシは過去2回出場していますが、メダルを獲れたのは今年が初めて(200m平泳ぎ)。それも2分22秒22というロンドン五輪以来の好記録でした。アジア大会は実は不振だった2014年にも50mで金メダルを獲っていて、この時も泣いて喜んだのですが、今年の50mと100mの2冠はそれ以上にうれしかった。「やっとここまで戻ってこられた」という気持ちが大きかったですね。ほっとしたと同時に「もっと強くなれる」という気持ちがわいてきました。

西川貴教さんの著書を励みに東京五輪を目指す

――目標にしている選手はいますか?

 リオオリンピックの200m平泳ぎで金メダルを獲った金藤理絵さんです。先輩でありライバルでもあった金藤さんは何度も挫折を経験しながら、過酷なトレーニングで乗り越えてきた方。その姿に何度も心を打たれました。リオの200mの決勝はスタンドで応援していて、金藤さんの泳ぐ姿が本当にかっこよくて目に焼き付いています。200m平泳ぎの日本記録は私と金藤さんが同タイムで並んでいたのですが、その決勝のレースで金藤さんに塗り替えられました。先輩が私に頑張る目標を残してくれたんだと思えて、それも感謝しています。

――鈴木さんも厳しい練習を重ねていると思います。競技に向かう原動力を教えてください。

 やっぱり東京オリンピックでメダルを獲るという大きな目標が力になっています。あとは私、T.M.Revolutionが前から大好きなんですけど、西川貴教さんの頑張りや考え方を励みにしているところもあります。西川さんは最高のライブパフォーマンスをするために体を鍛えているのですが、『おしゃべりな筋肉』という著書に、ライブに臨む気持ちのつくり方や、周りの人に助けを求めることの大切さなども書かれていて、自分と重ね合わせてすごく腑に落ちたんです。

 今は2年後のオリンピックに向けて、体のキレをよくするために減量し、後半のキック力を強化するために走り込みを増やしています。練習は吐くこともあるほど本当にきついのですが、私も西川さんのようにストイックに取り組んで最高の泳ぎをしてメダルを獲るんだ!と、力をいただいてもいます。

――(前編で)趣味の漫画からもいろいろなことを学んでいるというお話がありました。鈴木さんは身近なさまざまなものから刺激を受けて、競技に生かしているんですね。

 それはあると思います。たとえば、ファンタジー漫画で得た想像力は、自分の理想の泳ぎを思い描く助けになったりもしますし、私の好きな漫画『黒執事』は熱狂的なファンが多いので、その方たちの熱量に触れて刺激を受けることもあります。周りのいろんな人やものから力をもらって、水泳を極めていきたい。その先に、東京オリンピックのメダルが待っていると信じています。

 こうやって考えられるようになったのは、ひとりで意固地になってもがいた時期があったからです。人を頼る大切さを知り、今の自分を受け入れて未来の自分を信じきるメンタルの強さを手に入れました。あの挫折は、自分の成長のために、もう一度オリンピックの表彰台に立つために、必要だったんだなと今は思っています。