先日、大阪市内で開催されたとある食事会にお招きいただいた。参加したのが少々個性的な顔ぶれだったためだろう。その日のメインは肉のローストだったが、それが何の肉かは伏せられ、食後、参加者が当てる趣向だった。
結論から言えば、その肉は岡山県で捕まえられたヌートリア。そう、近年、近畿の川や池で大繁殖中の外来生物だ。
齧歯(げっし)目であるヌートリアはネズミの仲間に分類されるが、ぼんやりした顔と太い体のせいで、ネズミのイメージとは程遠い。私が暮らす京都であれば、彼らを見かけるのはもっぱら鴨川べり。ぽてぽてと川岸を這(は)う姿は間延びして、彼らが侵略的外来生物に指定されていると承知しつつも、ついつい愛らしいと感じてしまう。頭上を飛び交い、時に人の食べ物をかっさらうトンビ、水中で餌を取る鷺(さぎ)や鴨(かも)、そして岸に等間隔で坐(すわ)るカップルと共に、近年の鴨川風景の構成要素の一つがヌートリアと言っても過言ではない。
ところで私は大概の品は好き嫌いなく平らげる食いしん坊だが、ヌートリアを美味(おい)しくいただいて以来、ぼんやりした雲状のものがずっと胸に垂れ込めている。それは決して、とんでもないものを食べたという嫌悪ではない。あえて表現すれば、その雲とは愛情と食欲が矛盾なく存在してしまう己自身への哀(かな)しみだ。
とはいえ本来、生物を食べるとは、捕食者である己を見つめる行為と不可分。つまりヌートリアはその愛らしさと柔らかな肉で以(も)って、普段忘れがちな事実を突き付けて来ると共に、私自身も知らなかった感情を掘り起こしてくれたわけだ。
なお食事会の翌週、東京で編集者や九州在住の先輩作家さんにこのことを話したのだが、「ヌートリアって?」と目を丸くされてしまい、こちらが仰天した。どうも彼らは生息域が近畿・中国地方に限定され、関東や九州ではまだ知られていない動物らしい。私の中の初認識の哀しみから、日本の思いがけない広さまで。本当にヌートリアには色々なことを教えられている。=朝日新聞2018年12月3日掲載
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