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「高坂正堯 戦後日本と現実主義」書評 保守政権を支えた論客の足跡

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2018年12月22日
高坂正堯 戦後日本と現実主義 (中公新書) 著者:服部龍二 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121025128
発売⽇: 2018/10/22
サイズ: 18cm/410p

高坂正堯 戦後日本と現実主義 [著]服部龍二

 僕の学生時代は、ほぼ全共闘の時代と重なっていた。授業の多くが休講となったが、マッキンダーや地政学を初めて教わった高坂先生の外書講読の授業は今でも鮮明に覚えている。
 本書は、歴史家であり、国際政治学者であり、教育者であった先生の優れた評伝である。1996年に他界した高坂の足跡を今日記す意義について著者は、戦後日本の国際政治学者の知的潮流や実際の政治とのかかわりを把握し、現代への示唆とするためだと言う。
 先生は京大卒業後、助手に採用されウィーン会議の研究に着手。ハーヴァード大学留学から帰国後、中央公論社の編集者、粕谷一希と出会い、28歳で「現実主義者の平和論」を著し論壇デビューを果たした。60年代当時は非武装中立論が主流だったが、先生は勢力均衡論をベースに日米安保条約を容認した。時代を先取りしていたのだろう。
 『宰相 吉田茂』が世に出る。オーラルヒストリーの先駆であり、マイナス評価の強かった吉田の評価を一変させた傑作だ。「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である」と喝破した『国際政治』は米国の国際政治学者ジョセフ・ナイのソフトパワーと同じ発想だ。これら全ては60年代に書かれた。
 また佐藤内閣や大平内閣、中曽根内閣のブレーンを務め、テレビの政治討論番組でも活躍、マルチタレントでもあったが、教育と研究に手を抜くことはなかった。全8巻の高坂正堯著作集がそのことを物語る。
 若い時は温厚だった先生だが、湾岸戦争が勃発した90年代以降にわかに憂国の士の色彩がにじみ出てくる。「大声で明快なアメリカの普遍主義と、長い歴史と巨大な量を背景とする中国の原理主義」のはざまで日本が衰亡しかねないという危機感があったのだろう。成熟した「静かな外交」とストレイト・トークが重要だというメッセージは今日も色あせることがない。
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 はっとり・りゅうじ 1968年生まれ。中央大教授(日本政治外交史)。『日中国交正常化』で大佛次郎論壇賞。