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「箱の中の天皇」書評 敗戦後の日本「象徴」を考える

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月23日
箱の中の天皇 著者:赤坂真理 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309027753
発売⽇: 2019/02/14
サイズ: 20cm/222p

箱の中の天皇 [著]赤坂真理

 去る3月11日、国立劇場での東日本大震災追悼式に参列した。祭壇では、大津波の犠牲者らの標柱が、まばゆいばかりの電気で照らし出され、左右には「天皇皇后両陛下」からの花が配されていた。
 花ではないが、本書の表題作「箱の中の天皇」でも、物語の鍵となる二つの箱(左と右からなる)は、瓜二つで見分けがつかない。「わたし」は、ひょんなことからこの箱をめぐる国の行く末を託される。
 電話(テレフォン)を通じて敗戦直後のマッカーサーのいる部屋に送り込まれた「わたし」は、これまでならTV(テレヴィジョン)に映し出されていた今上天皇と実際に対面し、生前退位の真意について、GHQによる天皇制の戦後処理まで遡り、ひたすら考え続ける。
 電話やTVが頻出するのは、天皇と「わたし」たち国民との対面が、間接的な「おことば」を通じて、電化されたメディアから届けられるしかなかったからだ。実際、電気は「象徴」となった天皇に代わって、敗戦後の日本を支える神のような力となった。だが同時に電気は、震災を通じ多くの国民に大変な試練を与えた。
 だから、本書所収のもう一編「大津波のあと」で「僕」は、かつて「神」とまで形容したエレクトリック・ギター(テレキャスター)に戸惑いを感じる。元をただせば、遠くアメリカからもたらされ、私たちを豊かにも不幸にもした電気の「神(キャスト)」だからだ。
 冒頭、「箱の中の天皇」で電話(アイフォン)を「石のごたる」と撫でる水俣育ちの「道子さん」は昨年、他界した石牟礼道子を思わせる。石は鉱石を通じてラジオにも電気にも放射能(ラジオアクティヴィティ)にもなる。そういえば「君が代」でも「さざれ石」が歌われる。道子さんはからだの揺れが止まらない。しかしそれはどんな「病」なのか。細かく砕かれた鉱石と無縁なのか。
 いま新元号の発表を目前に、「わたし」たちは「天皇」とともにいることの本当の意味をもう一度考える「水際(キワ)」にいる。
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あかさか・まり 64年生まれ。作家。『東京プリズン』で毎日出版文化賞など受賞。『ヴァイブレータ』など。