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高橋留美子さん、仏で風穴 国際漫画祭で女性作家2人目のグランプリ

各国のマンガ出版社ブースが集まった仮設テント=フランス・アングレーム、伊藤遊撮影
各国のマンガ出版社ブースが集まった仮設テント=フランス・アングレーム、伊藤遊撮影

大友克洋さん以来の日本人受賞/伝統と異なる作風に評価か

 「アングレーム国際漫画祭」をご存じだろうか。
 フランス・パリから高速列車TGVに乗って約3時間、人口4万人あまりの小さな街アングレームに世界中のコミックスファンが押し寄せる、年一度のイベントである。40年以上の歴史を持つ世界最大級のこのフェスティバルに、今年も1月24~27日の4日間で延べ20万人のファンが集まった。筆者もその一人だ。
 会期中の4日間、アングレームはコミックス一色に染まり、市立博物館など街にある様々な建物がイベント会場となる。仮設の建物もいくつも建てられ、何十という出版社がブースを開設。そこでは毎日、作家のサイン会が開かれ、ファンは作家との交流を楽しんでいた。
 目玉のひとつは、毎年発表される各種のマンガ賞だ。今年は「らんま1/2」「犬夜叉」などで知られる日本のマンガ家、高橋留美子がグランプリを受賞し、話題となった。日本人のグランプリ受賞は2015年の大友克洋に次いで2人目。これは、ひとつの事件である。

翻訳日本マンガの出版社ブース前でポーズを取るコスプレイヤー=フランス・アングレーム、伊藤遊撮影
翻訳日本マンガの出版社ブース前でポーズを取るコスプレイヤー=フランス・アングレーム、伊藤遊撮影

 私が最初にアングレームに行った7年前と比べても、日本マンガの扱われ方は確実に大きくなっている。それに伴ってか、中高生くらいの女子のグループや子ども連れも、行くたびに増えているように感じられる。フランスの伝統的なコミックス=バンド・デシネ(BD)は、日本のような手軽な娯楽というより一種のアートと見なされていて、そのファンには大人、それも男性が多かった。
 欧米では2000年代に日本マンガブームが巻き起こり、フランスでもコミックスの全出版部数の3分の1が日本マンガの翻訳版だったという時期すらあった。この新しいマンガ読者は、BDの伝統的な読者層とは乖離(かいり)していると言われている。
 アングレームフェスも参加者数を伸ばすため、近年は日本マンガを大きく取り上げるようになったが、やはり主役は伝統的なBDだった。かつてグランプリを取った大友克洋にしても、彼自身が公言しているように、伝説的なBD作家メビウスに多大な影響を受けている。その意味では、従来のBDの延長線上で受け入れることが可能な作家だったと言える。しかし高橋留美子は、その作風も、欧米での需要ルートも全く異なる。むしろ、00年代以降のグローバルな日本マンガブームを象徴する作家だろう。
 もっとも、伝統的なBDファンやフランスのメディアの声に耳を傾けると、今回の受賞は、高橋が女性作家であるという側面に注目することで、新旧のマンガファンの決定的な断絶を回避しようとしているようにみえる。
 実際、同フェス史上、女性のグランプリ作家は高橋を含めて2人しかいない。これは欧米のコミックス界がいかに男社会であったかということを示している。逆に言えば、日本ほど、女性による女性のための女性マンガがあふれている国はないのだ。

フェスティバル全体で最も話題だった松本大洋の原画展=フランス・アングレーム、伊藤遊撮影
フェスティバル全体で最も話題だった松本大洋の原画展=フランス・アングレーム、伊藤遊撮影

 アングレームフェスは近年、コミックスを介して女性問題に注目するという政治的な方針を打ち出しており、そのひとつとして2014年に企画された「慰安婦マンガ展」は、国際的な議論を巻き起こすことになった。高橋の受賞も、その方針とマッチしてのことだったのだろう。
 フェスでは伝統的なBDや日本マンガ以外にも、様々なタイプのコミックスが、その歴史的な展開を含めて紹介されていた。日本でもこうしたマンガの「祭典」はいくつかあるが、規模の大きなものはコミックマーケット(コミケ)のような同人誌即売会か、行政が産業観光振興を目的としたビジネスマッチングイベントがほとんどだ。
 日本にも、いつかアングレームフェスのような祭典が登場することを夢想しつつ、フランスを後にした。=朝日新聞2019年3月29日掲載