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「イタリアン・セオリーの現在」 グローバル化する思想の実践例 朝日新聞書評から

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2019年05月18日
イタリアン・セオリーの現在 著者:ロベルト・テッロージ 出版社:平凡社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784582703474
発売⽇: 2019/03/23
サイズ: 20cm/481p

イタリアン・セオリーの現在 [著]ロベルト・テッロージ

 2000年、一冊の本が突如、注目を集めた。イタリアの政治哲学者ネグリが、アメリカの政治理論家ハートとともに書いた『〈帝国〉』が、世界的なベストセラーになったのである。グローバル化の進む世界における新たな権力のあり方を「帝国」と呼んだ同書は、賛否を含め、多くの論争を引き起こした。
 しかし、本の内容はともかく、イタリアの政治哲学者の著作が世界的な話題になったのは、それ自体として興味深い現象であった。というのも、1960年代から活躍する左翼思想家であるネグリは、この時期のイタリアにおいて事実上、時代遅れの思想家と見なされていたからである。長く労働運動に関わり、極左の政治活動との関与を疑われ獄中にもあった老哲学者が、アメリカで急に話題となり、世界的な思想家になったのは、思想のグローバル化の産物であった。
 ある国の思想や哲学が、その国の文脈を離れ、突如グローバルなレベルで注目され、読み解かれる。80年代がフーコーやデリダらを中心とする「フレンチ・セオリー」の時代であったとすれば、それに続いたのは「イタリアン・セオリー」の時代であった。本書は、まさにこのイタリアン・セオリーについて、ネグリやアガンベンらを中心に読み解くものである。
 イタリアン・セオリーは、法学・政治学の理論である点に特色がある。古代ローマの故地にあり、近世にはマキャヴェッリを生んだイタリアの哲学は、あくまで権利・法・正義に議論の中心があった。フーコーらフランスの思想の議論を継承しつつも、それを法や政治の理論として発展させたことが、イタリアン・セオリーの貢献であった。
 その際にポイントとなるのはまず、「生政治」である。人々の生を管理しようとする権力について最初に注目したのはフーコーであるが、興味深いのはフーコー自身がこの概念を使わなくなって以降、むしろイタリアの理論家たちが引き受けて、発展させたことである。その際に、具体的な身体のレベルで問題を捉えた点に特色があると著者はいう。
 同様にして本書は「共同体」や「政治神学」といった概念を分析する。欧州の様々な思想的伝統を継承しつつ、これを身体レベルで捉え、政治の問題として焦点化する。経済が世界を支配する時代にあって、イタリアン・セオリーはこれを国家や権力の問題として解釈した。
 ちなみに著者は日本にいて、日本を議論の視野に入れている。多様な知的空間を行き来する、グローバル化時代の政治思想の最良の実践例がここにある。
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 Roberto Terrosi 1965年イタリア・ナルニ生まれ。立命館大外国語嘱託講師。2007年に美学研究員として来日、東北大や東京外語大などで教えた。専門は美学・美術史、哲学、科学・先端技術論。