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読む目的は、体験と吸収と転換 SMBC日興証券 代表取締役社長 ・清水喜彦さんの本棚

地元なじみの「風林火山」 そのルーツを読み解く

 私の読書の目的は主に3つ。疑似体験と知識の吸収、それに気分転換です。月に20〜30冊は読むでしょうか。愛読書も何冊かあり、『孫子』や『松下幸之助 経営語録』は幾度も読み返しています。

 『孫子』との出合いは中学生の頃。私は山梨県出身なので、武田信玄が旗印に掲げた「疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山」の引用元として親しみ、いつしか経営に照らして読むようになりました。例えば、勝つために備えるべき「道・天・地・将・法」。この五事を、大義(道)、タイミング(天)、ネゴシエーション(地)、指揮官の采配(将)、組織の規律(法)に置き換え重視しています。魏の曹操は『孫子』に自身の意訳を付けたそうですが、私も今では自分なりに解釈しています。

 信玄の旗印にも持論があるのです。旗の文言は抜粋で、『孫子』では「不動如山」の後に「難知如陰、動如雷震」と続く。信玄は生涯に二度大敗を喫していますが、「難知如陰、動如雷震」の欠如、つまり情報処理の鈍さが敗因だったと認めたからこそ、自戒として、またその後の秘策として割愛したのではないか。そんな推理をして教訓にしています。「疾如風」と「動如雷震」は似て非なるもので、前者は「early(早き)」、後者は「fast(速き)」。この解釈は社員にもよく話し、成果を上げたいなら「他より早く、実務を速く」を目指せと指導しています。

 私が最も尊敬する経営者は松下幸之助さんで、前職の銀行員時代から松下語録を愛読しています。「槍の名人は、突く時よりも引く時の方が速い。経営でも何でも、時機を誤らず引ける人というのは、その道の達人といえる」。私は営業部門が長く、営業マンの時は積極果敢に突き進むタイプ。しかし社を背負う立場になると、このような言葉が心にしみます。昔剣道をやっていたので、実感としてわかるのです。剣道も槍と同様、引きのスピードが速くないと相手に攻め入られる。事業の場合、やりかけたことを中断して戦線を立て直すことも時には必要で、引く引かないの見極めは経営者次第。このことを常に肝に銘じています。

 人間は失敗から多くを学びますが、経営においては失敗が致命的な損失になりかねません。そこで読書を通じて疑似体験しておくといいと思っています。参考になるのが、『撤退の研究 時機を得た戦略の転換』『米軍式 人を動かすマネジメント』『英国海兵隊に学ぶ 最強組織のつくり方』(かんき出版)といった米英の軍隊に関する本です。米英の軍組織を冷静に見ていくと、指揮系統などが非常に合理的なんですね。軍隊に関する本を読んでつくづく思うのは、失敗には大抵「まあいいか」という手抜きと、「〜に違いない」という思い込みがからんでいる。ビジネスにも同じことが言えると思います。

識者の本を通じて自分の考えを整理する

 知識の吸収という意味で近年心に残っているのは、ノーベル賞を受賞した経済学者が自由市場の問題点を指摘する『不道徳な見えざる手』と、政治学者・イアン・ブレマーがアメリカの外交戦略について検証する『スーパーパワーGゼロ時代のアメリカの選択』(日本経済新聞出版社)です。『不道徳な見えざる手』の著者の一人であるロバート・シラー博士には、当社で講演をしてもらいました。

 アメリカ社会を洞察するこの2冊については、「日本はアメリカの市場第一主義を追いかけるだけでいいのか」という似た感想を持ちました。営業一筋できた私には、「お客さま本意」の考え方がしみついています。それは、『不道徳な見えざる手』が警鐘を鳴らす、不要な買い物を誘う「カモ釣り」のようなビジネスとは相容れません。もちろん利益を上げることは私企業の命題で、それ自体は悪ではない。大事なのは、利益をどうお客さまに還元できるかです。金融商品にしても、お客さまの資産や家族構成に合ったものを提供できなければ意味がありません。

 若い社員には、お客さまのことをよく調べて、よく知ること。次に、お客さまが求めている商品やサービスのニーズを想像すること。そして、それが自社になければ自ら商品開発部署に働きかけ、商品を創造してご提示しなさいと言い聞かせています。識者の著作は、新しい知識の吸収とともに、日頃の考えや社員育成の材料を整理するきっかけになります。

 気分転換には、池波正太郎や北方謙三などの時代小説。お気に入りは『鬼平犯科帳』(文春文庫)です。こうした軟らかい本や拾い読みも含めて月に20〜30冊。毎朝半身浴をしながら小一時間かけて読みます。読んだら冷水を浴びて心身を引き締め、一日のスタートです。(談)

清水喜彦さんの経営論

 2018年1月1日に同じSMBCグループの証券会社であるSMBCフレンド証券と合併し、新たなスタートを切ったSMBC日興証券。リテール営業の人員をさらに増やし、「お客さま本意」のビジネスの拡充を図っています。

営業人員を増強 狙うは本邦No.1

 SMBC日興証券は、2018年に創業100周年を迎えた。2017年4月から始まった中期経営計画においては、20年までの3年間を「本邦No.1が狙える地位を確立」するステージと位置づけ、ビジネスの深化を図っている。2018年1月1日には、同じSMBCグループの証券会社であるSMBCフレンド証券と合併。これにより、支店の数は148店舗、口座数は約330万口座まで拡大した。合併の効果に加え、国内外の株高進行を背景に収益が伸長、18年3月期の純営業収益は前年比9%増の3,573億円、預かり資産は61.5兆円、09年のSMBCグループ傘下入り後で最高となった。

より丁寧なコンサルティング営業へ

 「合併前は、当社の営業員は1人当たり約350口座を担当していましたが、1人の営業員がカバーするには多すぎます。私は自分自身が営業マンだった経験からも、営業員が1人で担当できる口座数は150口座が限界。1日5人のお客さまとの面談、1カ月150口座という計算です。オンライントレードやAI活用が増えているとはいえ、お客さま本意のビジネスを実現するためには、フェイストゥフェイスでコンサルティングできる人員の増強が不可欠だと考えます」と、清水喜彦社長。17年10月末時点で、当社のリテール(個人向け)営業員は約2,700人、これにSMBCフレンド証券の人員が加わることで、リテール営業の人員は約3割増えた。今後も増員を続け、19年4月には3,900人体制を構築したい考えだ。

 人員を増やすことでより丁寧なコンサルティング営業を目指す中で、同じSMBCグループ内にSMBCフレンド証券があり、2社が合併したことは自然なことだった。

 近年、政府は「貯蓄から資産形成へ」というスローガンを掲げ、資産運用の必要性を呼びかけているが、投資人口はなかなか増えていかない。この現状をどう見るのか。 

 「新しい金融商品にチャレンジしたり、リスクを取ったりということに対し、日本の消費者はとても慎重です。ただ、デフレのうちはよくても、インフレが進んだ場合、日本円の預貯金だけでは資産は目減りしていく一方です。『貯蓄から資産形成へ』という漠然とした号令だけなく、将来起こり得る様々な可能性とその対策について丁寧にご説明していくことが、何より重要だと考えています」

 リーダーに必要な資質について清水社長は、「決断する」「責任を取る」「部下を育てる」の3要素を挙げる。

 「自ら心がけ、役員にも求めています。『率先垂範せよ』『部分最適ではなく全体最適を』といったこともよく言いますね。明快なビジョンを示し、ミッションを与えて部下を育てるのがリーダーの役割。銀行員時代の部下のうち、支店長や部長になったのは合わせて100名以上。全員の仕事を覚えています。スタンスは今も変わりません。部下に目配りがないリーダーに誰もついてこないと思いますから」

>清水社長の経営論 つづきはこちらから2018年10月26日掲載の記事に飛びます)