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町田尚子さんの絵本「ネコヅメのよる」 「隙あらば猫」が座右の銘

文:澤田聡子、写真提供:町田尚子

「白木」と暮らすようになって猫の魅力に気付いた

――ざりざりとした舌で指先を舐めながらじろり、不敵な面がまえで視線をこちらに向ける猫。インパクトある表紙に心奪われる『ネコヅメのよる』(WAVE出版)は、猫の魅力と魔力に満ちた絵本だ。主人公は、作者の町田尚子さんが一緒に暮らしている猫「白木(しらき)」。愛猫を主役にした絵本を作るとは筋金入りの猫好き?……と思いきや、実は白木と暮らすまでは「猫にあまり興味がなかった」という。

 白木は元々知人の猫だったんです。一緒に住んでいる他の猫たちにいじめられていて、いつもひとりぼっち……と聞いて、なんだか不憫で。知人から話を聞くたび気になっていて、もともと“犬派”で猫を飼ったこともなかったのに「私が引き取りたい!」と、思わずぽろっと口から出ていました。

 わが家にきたとき、白木は8歳。人間で言うと40代後半なので立派な中年のおじさんです。最初のころ、私は「猫とは一緒に寝るもんだ」と思い込んでいたので、嫌がる白木を捕まえてベッドで一緒に寝ようとしたんです。でも3日目くらいに、捕まえ損ねて追いかけっこになって白木が初めてフーッと怒った。

 「あ、なんか申し訳ないことした」とそのとき気付いて、今までの経緯をちゃんと説明しました。「こういう理由があってあなたを引き取ったんだけど、私は猫と暮らしたことないから、どう対応していいのか分からない。嫌なことをしてしまったらごめんなさい」。謝ったら、その日はベッドから降りないで、私の足元で寝てくれました。「しょうがない、ここでこのダメなニンゲンと暮らすしかないんだ」と、あきらめたのかも。そこから少しずつ、お互いの存在に馴染んでいった感じです。

 白木はうちに来たときにはもう、完全に「猫格」が出来上がっていたので、1匹と1人が一つ屋根の下で暮らす上で、やっぱり色々話し合いと妥協が必要というか(笑)。これは嫌だけど、これはいいよ、みたいなやり取りをしながら折り合いを付けてく感じは、「なんだか人間の夫婦みたいだな」と感じていました。

猫や子どもの目線で見るローアングルの世界

『ネコヅメのよる』(WAVE出版)より
『ネコヅメのよる』(WAVE出版)より

――「おや?」「あれ?」「もしかして……」。絵本の冒頭で描かれるのは、家の中でくつろぎながらも、何かに気付いたような表情の猫。ページをめくるたびに現れる様々なポーズの「白木」が、猫好きにはたまらない。見開きごとに場所と視点がくるくる変わり、まるで猫の日常をこっそりのぞき見しているかのようだ。

 いろんな場所で寝ている白木を描いたのは、編集者との打ち合わせで「猫って気が付くといろんなところで寝てるよね」という話から始まりました。ローアングルが多いのは、白木の写真を撮るときは自分も床に転がって撮っているからかも。視点をちょっと低くするだけで、なかなか面白い写真が撮れるんです。

「出会ったときは8歳のおじさん猫だった白木も今では18歳のおじいさん猫になりました」(町田さん)
「出会ったときは8歳のおじさん猫だった白木も今では18歳のおじいさん猫になりました」(町田さん)

 以前は外出するとき、よくコンパクトカメラを持ち歩いていて、カメラを道に置いて撮ったりしていました。そうすると猫とか子どもの低い目線で世界を見ることができる。最新作の『なまえのないねこ』(文・竹下文子/小峰書店)はまさに猫目線の絵本ですね。

 植え込みとか排水溝の蓋とか、建物と建物のすき間とか……少しでも気になったところがあれば写真を撮っていました。「資料にしたい」なんて、そのときは全く意識していないんですけど、やっぱりどこか心に引っかかっているのか、絵を描いているときに「20代のときに撮ったあの写真が参考にできるな……」とすぐに思い出せるのが不思議です。

絵本で描いた猫のほぼすべてにモデルがいる

――「まちがいない」「こんやだ」。何かを確信して、ある晩そっと家を抜け出す白木。続々と街中の猫たちが集まってくる。「ネコヅメ」を見に集まった大勢の猫が一斉に立ち上がるクライマックスのシーンは圧巻だ。

『ネコヅメのよる』(WAVE出版)より
『ネコヅメのよる』(WAVE出版)より

 この“猫たち大集合”のページは描くのに時間がかかりました。顔がはっきり分かるような猫はほぼ全員、モデルとなった猫がいます。友人が飼っている猫だったり、福島県の飯舘村で出会った猫だったり。

 東日本大震災後の原発事故で、飯舘村に住んでいる方々に避難指示が出ましたが、避難先ではペットが飼えないので、皆さん愛犬や愛猫たちを置いていかなければならなかったんです。村に残されたペットたちへの給餌(きゅうじ)活動のボランティアをしていた友人がいまして、私も何度か同行させてもらったことがありました。

 そういうわけで、飯舘村で出会った猫たちも、大勢出演してもらっています。「わあ! でた!」のシーンは、リアルに描くなら夜なので猫たちの瞳孔は開いて目が真っ黒になると思うのですが、瞳孔が収縮するほど「ネコヅメ」の光は強烈ということで……ご容赦ください(笑)。

『ネコヅメのよる』(WAVE出版)より。左が白木、右がさくら
『ネコヅメのよる』(WAVE出版)より。左が白木、右がさくら

 一昨年から一緒に住んでいる猫がもう1匹増えました。それが、『ネコヅメのよる』で白木と並んで会話している猫。白木が主役なら、彼女は準主役、助演女優ですね。「さくら」という名前で飯舘村出身です。さくらはとてもフレンドリーでどんな人とも猫ともうまくやっていける「空気が読める猫」。白木が受け入れてくれるか最初は心配でしたが、今はなんとか平和にやっています。

 『ネコヅメのよる』や『なまえのないねこ』は猫が主役の絵本なんですが、どんな絵本にも白木をはじめ、猫たちをこっそりと描いています。猫って風景に馴染むから、どの場面にいてもおかしくない。友人から「町田さんは、“隙あらば猫”だね」と言われたことがあり、自分でも「本当にそうだな」と思いました。気に入ったので、今では「隙あらば猫」を座右の銘にしています。

「さっきまでそこにいた」ような気配を描きたい

――猫が主役の絵本だけでなく、作家の京極夏彦さんとタッグを組んだ『いるの いないの』『あずきとぎ』(いずれも岩崎書店)などの「怖い絵本」にも町田さんの絵の魅力がたっぷり詰まっている。ダイレクトに描かれていないのに、なぜか怖い――日本的な“湿度のある恐ろしさ”が画面から立ちのぼる。

 怪談や妖怪の絵本を何冊か出したので、「ホラーがお好きなんですか」と聞かれるんですけど、実は全然好きではないんです。『いるの いないの』で描いた田舎の風景も自分では「これって全然怖くないのでは……」と思っていたら、「十分怖いから大丈夫」って言われて(笑)。

 でも何かがいるかも、みたいな「気配」を描くのは昔からずっと好きなんです。人がいるっていうよりは、「いた」気配。椅子に座っている人よりも、そこに誰かが座っていた気配のある椅子を描くのが好き。『いるの いないの』では、田舎の親戚や祖父母の家に行ったときに感じるちょっと湿っぽいようなにおいとか、しん、と静かで柱時計のカチカチいう音だけが聞こえるような……そういう目には見えない気配とか空気感を、絵本で表現していきたいと思っています。