知らない土地のはずなのに、ふとした瞬間に懐かしさを感じたことはないだろうか。青々とした田んぼ、真っ青な空と入道雲、小さな商店街、お寺の線香の香り、雨が降る前のじめっとした空気。頭の中にある遠い記憶と、目の前の現実が急に結びつく、あの不思議な感覚。旅をしていると、思いがけない場所で、そんな感覚と巡りあうことがある。
新聞記者をしていた頃、最初に赴任したのが新潟だった。初めて親元を離れた私にとっては、非常に思い出深い土地である。事件・事故や高校野球など、日々の取材に忙しく、上司に怒られてばかりの社会人1年目。たくさん泣いたし、いっぱいつらいこともあったけれど、まぁ時が経つと、あれもいい経験だったと言える。私もだいぶ大人になった。
そんな新聞記者時代、信濃川に関する連載をしたことがある。1年目の記者の筆力を上げようというデスクの計らいである。私ともう一人の同期と2人で、全長367キロ、信濃川の上流から河口まで、合わせて8つのストーリーを自ら見つけて紡ぐという企画だった。
私はネタ探しのために、長野県と新潟県の県境にある津南町という町を歩き回った。「信濃川の思い出はありませんか?」。そんな感じで、道ゆく人に話を聞いた。
そして、とある高齢の女性と出会った。外で話すのも何だからということで家にあげていただき、畑で採れたキュウリまでご馳走になった。いろいろと地域のことを聞く中で、津南町の町立上郷中学校と長野県栄村の村立栄中学校が交流を深めようと始まった「しなちく祭り」が前年に終わってしまったことを聞いた。学校対決の綱引き大会が大変に盛り上がっていたそうだが、学校が廃校になることが決まり、祭りがなくなってしまったという。子どもの数は減り、お年寄りの独り暮らしが増え、施設に入る人も多いという。地方の現実を見た気がした。「いい場所なんだけどなあ」。そう呟いた彼女の言葉が今でも忘れられない(ちなみにこの話は新聞連載の1回目のストーリーとして執筆した)。
その取材以来、たびたび津南町を訪れるようになった。冬は雪が深く大変に厳しい環境だが、自然が豊かな、のんびりとした地域。私にとってはどこか懐かしさを感じる場所となった。
女優でモデルの菊池亜希子さんが、雑誌「リンネル」でのおよそ3年わたる連載をまとめた、『またたび』(宝島社)という本に出会った。素敵な写真と一緒に、菊池さんの国内外の旅のエッセイが書かれている(新潟のエッセイも!)。その中で、菊池さんと、一緒に旅をした写真家の田尾沙織さんとの対談が掲載されていて、菊池さんがこんなことを言っていた。
自分の家のリビングを渡り歩いているみたいな、知らないはずなのに懐かしさを感じるようなね。(略)旅をしていると故郷が恋しくなるけれど、知らない土地でもそういうサウダージを感じる瞬間がある、その感覚が旅の醍醐味でもあると思う。わたしはやっぱりこういうことが好きなんだぁって再確認するような。だから旅はやめられない。(151ページ)
“サウダージ”なんて、格好いいなあ。でも、すごくよく分かる感覚だと思った。旅に出れば出るほど、相性がいい街、肌感覚で“好き!”と思える街、初めてなのに初めてな感じがしない街というものがあると、私も感じていたから。
取材をさせてもらった津南町の女性とは、私が新潟を離れた後も、年賀状のやり取りを続けていたが、残念ながら数年前にお亡くなりになった。彼女とはもう話ができないけれど、津南町は今でも私にとって、サウダージを感じる、大切な場所の一つである。