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「寒いから、冷房止めて」って会社で言える? 社会学者の富永京子さん「みんなの『わがまま』入門」

文:小沼理、写真:斉藤順子

自分の「わがまま」が誰かの問題を解決する

——『みんなの「わがまま」入門』は、つい避けてしまいがちな「わがまま=自分の意見を主張すること」を肯定的にとらえた一冊です。社会学者の富永さんが、なぜ「わがまま」をテーマに本を書いたのでしょうか?

 たとえば、会社の冷房が寒いので温度を上げてほしいとします。その時「暑がっている人もいるかもしれない」「自分の都合で社内の冷房を調節するのは自己中なんじゃないか」と考え始めると、我慢しようと思ってしまいますよね。でも、もしかしたら同じように寒いと感じているけれど言えずにいる人がいるかもしれません。例えば、その人はまだ入社したばかりだったり、社内で弱い立場だから、自分よりも言い出しにくいだけなのかも。だとしたら、意見を言うことは自分だけの「わがまま」ではなくて、誰かの問題を解決することにつながります。

 私たちの社会や政治も同じです。一見「わがまま」に感じるかもしれないけれど、自分の意見を言うと、似たような問題で困っている人を助けることがあると思うんです。

——「わがまま」というとネガティブなイメージですが、そう捉えると違って見えてきますね。

 そうですね。私はデモなどの社会運動を専門に研究しているのですが、日本では、こうした社会運動を「わがまま」だと感じている人は多いと思っています。その感覚は実は私にもあるのですが、日常的な「わがまま」と同じように、社会運動が困っている人を救うこともよくわかる。自分がこうした感覚を抱いているからこそ、同じようにネガティブなイメージを持っている人にその意義や役割を伝えたいと思って、この本を書きました。

「#KuToo」「保育園落ちた日本死ね」……日常の中から社会を考える

——本は中高生に向けた講義形式で書かれていて、とても読みやすかったです。「日本が30人の教室だったら、貧困状態にある人は5人、LGBTの人は3人」など、社会をクラスや校則にたとえた説明がわかりやすく、社会を身近に考える切り口が見つかるのではないかと思いました。

 先日、本を読んだ高校生からこんな反応をもらいました。その人は女優の蒼井優さんと南海キャンディーズの山ちゃんの結婚報道の時に、「芸能人の結婚よりももっと大事な政治のニュースをやれ」という批判を目にした。でも、それに対して「芸能人の結婚報道も十分に政治的な話なんじゃないか」と考えるようになったそうなんです。例えばですが、蒼井さんを「魔性の女」のように見なしたり、山ちゃんの容姿をいじったりするような報道があった。そうしたニュースに対して「本当にそういう報道の仕方でいいのか?」「結婚自体、『おめでとう』と言ってしまっていいことなのか?」と思考をめぐらせることが、社会を考えることにつながっていると気づいたんですね。

 中高生には、政治や社会といえば学校で習う「政治経済」の話だけだととらえている人も多い。でも、私たちの日常の中に当たり前にある恋愛や結婚、買い物といったことも社会とつながっているんですよね。

——#KuTooや#MeTooなども、日常の中から生まれて大きな運動になっていった社会問題ですね。

 2016年には「保育園落ちた日本死ね」という匿名ブログへの投稿が話題となり、待機児童の問題について議論が進むきっかけになりました。こうした例は他にもたくさんあります。

心の中の「プチホリエモン」をどう説得するか

——自分が日常の中で感じた違和感は、他の人、そして社会の問題とつながっていて、「わがまま」を言うことが突破口になるのですね。その方法の一つが社会運動ですが、僕自身、自分が参加することには抵抗感があります。

 社会運動に参加しない人と話していると、社会運動に対して「言ってることはわかるけどね」といったスタンスの方は多いです。この本では、その「けどね」の先に進む方法を書いたつもりです。

 抵抗感がある人は、社会運動に対して特に批判的な人の考え方を無意識のうちに内面化していることはないでしょうか。先日、堀江貴文さんが年金2000万円問題へのデモ参加者に対して「税金泥棒」とツイートして批判を浴びていました。堀江さんのように「デモは公共の場なのに迷惑」「価値観の押しつけでしょ?」といった意見の人は一定層いますよね。主張をしよう、なんなら社会運動してみようかな、と思っても、この堀江さんのような意見を自分で自分に投げかけることによって、ストップをかけているのかもしれません。

 ただ、心の中にいる「プチホリエモン」にどう対応するかは、「わがまま」を言うためにはとても重要なんです。本の中でも、その方法を紹介しています。たとえば「社会運動で社会変わらないじゃん」という意見に対しては、デモをやることで根本的な解決には至らなくても、困っている人の存在を公の場に明らかにすることできっかけづくりになる、といったことですね。

——一方で「保育園落ちた日本死ね」など、デモには過激で独特な表現が多いことに苦手意識を感じる人もいると思います。

 そうですね。ただ、過激な表現を使う人には、そうせざるをえない背景があります。丁寧な言葉で呼び掛け続けてきたけれど、それでは聞いてもらえないから過激化したり、そもそもうまく説明できない怒りを表していたりする場合も。こうした過激な表現を使う人への想像力を働かせて、自分が参加しなくても他人の「わがまま」に寛容になるだけで意味があると思います。

「これじゃ足りない」から「小さくてもやっている」へ

——相手の状況を想像して他人の「わがまま」を受け入れる、明確な主張をする前にモヤモヤした気持ちを共有することからはじめてみるなど、本の中では日常の中で実践するための方法が紹介されていました。これならできそうだと思いつつ、「はたしてこれで十分なのか?」とも考えてしまいます。

 以前、40年近く熱心に社会運動をしている人にお話をうかがった時、その方が「俺は何もやってない」と言うので驚いたことがあります。政治や社会運動には、どれだけやっても「やってない」と思わせる何かがあるように思います。自分たちが掲げている理想ほどは、社会が変わらないこともその一因としてあるのでしょう。

 これは研究でも証明されていて、どんなにやっているように見える人でも、その多くが「やっていない」と答えるという研究があります。社会を変えるって非常に大きな試みなので「もっとやらなくちゃ」と感じてしまい、それが限りない自己犠牲や運動へのコミットメントに結びついてしまう。目標に当てはまらない限り、自分を「やっていない」と見なしてしまうんです。

 私は社会運動を研究しながらも、活動には参加していません。本来、政治はみんなが関わって良いものですが、やっている人同士で「やってる度」を競う文化を感じることがあります。時折感じるその空気が得意ではないのだと思います。

 でも、高いハードルを設定してそれ以外の小さな成果を「やってない」と切り捨てるよりは、そもそもハードルを取っ払ってしまった方が楽だし、実践しやすいですよね。実際、高い目標を設定した結果、なかなかそこに到達できないと悩んで活動から離脱してしまう人も多いんです。

——本の中でも触れられていた「バーンアウト(燃え尽き)」ですね。

 これは一例ですが、海外で取材をした際に「男子トイレと女子トイレが分かれているのを見るだけでイライラしてしまう」という人に出会ったことがあります。要は、社会のインフラがトランスジェンダーや性的マイノリティの人に配慮されていないじゃないか、ということですよね。ジェンダーの話などですと、私生活の領域でいくらでも問題が転がっているので、根を詰めてやろうとするときりがありません。トランスジェンダーや性的マイノリティの人のことを考えれば気持ちはとてもわかるけれども、そこでその人自身が倒れてしまっては元も子もないです。だから「これじゃ足りない」と思うのではなく、ハードルを取り払って「今のままでもやってるよ」と言うことが大切だと思ったんです。

——熱心にやるだけではなくて、小さなことでも社会に影響を与えていけるんですね。

 もっと言えば、私は社会運動に関わるのは一時的でもいいと思っています。社会運動に関わる人に話を聞いていると、生活を犠牲にして社会運動にのめり込む人をよく見かけるといいます。でも、「わがまま」を言い続けるのは体力がいりますし、ひとりがどれだけ頑張って「わがまま」を発信しても、それによって社会が変わることは少ないです。「社会運動の歴史は失敗の歴史」と言われることもあるくらいですから。責任感の強い人は「一度はじめたんだから、最後までやり遂げなくちゃ」と思い込んでしまうかもしれませんが、途中でやめてもいいし、やめたからといって意味がなかったことにはならないんです。

 大人の皆さんは、この本をオフィスやママ友との人間関係など、日常の場面に引き寄せながら読んでくれているようです。会社の上下関係も政治的なものですし、ママ友の中にも経済観念をめぐる格差や教育への姿勢の違いなど、社会のことを考えるきっかけがたくさんあります。皆さんが自分の生活圏の中でイメージしてくれることで、私自身も政治としてとらえることの範囲が広がりました。

 小さくてこっそりとやるアクションから、日ごろの人間関係を巻き込んだアクションまで、日常の中でできる「わがまま」はたくさんあります。そのことを決してつまらないと思わず、まずはそこから考えてみてほしいと思っています。