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組織内で悩む武士に共感 文芸評論家・末國善己さんオススメの3冊

  • 今村翔吾『八本目の槍』(新潮社)
  • 赤神諒『妙麟』(光文社)
  • 佐藤巖太郎『将軍の子』(文芸春秋)

 今村翔吾は、江戸の大名火消が活躍する〈羽州ぼろ鳶(とび)組〉シリーズが人気となり、伝奇小説『童の神』が直木賞の候補になるなど話題を集めている。『八本目の槍(やり)』は、羽柴秀吉に仕え、賤ケ岳の戦いで武功をあげた7人の若者の人生を連作形式で描いている。
 秀吉が天下人になると、文官として上を目指していたのに一軍の将を任され戸惑う加藤清正、手柄や出世より愛する女性を求めた脇坂安治、大望を持った父が戦死したため現実路線を取る片桐且元など、7人の待遇や考え方に差が出始める。この状況は今も変わらないだけに、組織内の立ち位置に悩む7人の中に思わず共感してしまう人物が見つかるのではないか。
 やがて7人が、斬新な国家ビジョンを持つ石田三成を尊敬していた事実が浮かび上がる。三成の計略が潰(つい)えていく展開を読むと、現代の日本は三成の理想に近付いているのかと考えてしまうだろう。
 2018年に『大友二階崩れ』でデビューした赤神諒は、既に6作を刊行した驚異の新人である。7作目の『妙麟(みょうりん)』は、大友家の重臣・吉岡覚之進の妻で、島津の大軍を迎え撃った女武者として知られる妙林尼を主人公にしている。
 といっても本書は合戦がメインではない。キリシタンであることを利用し、同じ信仰を持つ大友宗麟を操り内紛の種をまく臼杵右京亮と、それとは知らず右京亮に魅(ひ)かれる妙(後の妙林尼)をめぐる恋と陰謀が軸になっているのだ。
 宗教は本来、心を平穏にするものだが、右京亮は異教徒との対立を煽(あお)っていく。寛容さを失った信仰が戦争の火種になる図式は普遍性を持っているので、本書が問い掛けるテーマは重い。
 デビュー作『会津執権の栄誉』が直木賞候補になり確かな実力を見せつけた佐藤巖太郎は、寡作ゆえ『将軍の子』が2冊目となる。
 本書は、徳川2代将軍秀忠の子供だが、庶子であり秀忠の正室が嫉妬深かったため生まれた直後に養子に出された保科正之が、幕政に関与するまでの数奇な半生を追った連作短編集である。
 正之の少年時代は恵まれていなかったが、善政を行った養父の保科正光ら、高い人間性を持つ人たちに見守られて育った。不遇だったために弱者の痛みが理解できる正之は、江戸を焼き尽くした明暦の大火の時、消火活動と被災者の生活再建に尽力した。現代の日本に正之のような政治家がいないのは、苦労知らずの世襲議員が多いからのように思えてならない。=朝日新聞2019年8月11日掲載