「専門知は、もういらないのか」書評 「知識」の死は政治の質を変える
ISBN: 9784622088165
発売⽇: 2019/07/11
サイズ: 20cm/284,16p
専門知は、もういらないのか 無知礼賛と民主主義 [著]トム・ニコルズ
今どきの若者は、という若者論はいつの世にもある。論者はたいていは世知たけた大人である。しかしその大人もかつては子供だったわけで、彼らの若者批判は天に唾する行為のようにも思われる。実社会の経験に乏しい若者は頭でっかちで、背伸びもするだろう。背伸びしなければ人間は身の丈を伸ばしていくことができない。
本書が問題にするのは若者が背伸びをすることではない、背伸びをしなくなったことである。哲学書を片手に生かじりの議論を吹きかける学生はもはや絶滅危惧種である。そんな学生がいたら、「意識高い系」と揶揄されるのが落ちだろう。
アメリカの大学の現状は本書第3章に描かれている。専門的知識を嫌悪する反知性主義の蔓延、学生による商品レビューふうの教員評価、教員による大甘の学生評価。一言でいえば、学生=消費者主権に基づく大学のビジネス化である。
背伸びをしないのだから、学生は大人になっても子供のままだということになる。おのれの無知を恥じるなら、無知は力となる可能性をもつが、現代においては無知はフェイク情報で充填される。フェイスブックやツイッターなどは、偽知識を「知識」化するための強力な手段である。
著者は専門家や専門知を無条件で容認しているわけではない。専門家もしばしば過つ。だが知識が知識たりうるのは、それが批判に耐えうる合理性を一時的にせよもつからである。
「確証バイアス」という言葉で言い表されるように、インターネットをググれば、無数の件数が思い込みを「確証」してくれる。そして「いいね!」によって偽情報を核とした仮想の共同体が出来上がる。
専門知の死は政治の質を変えるというのが本書の結論だが、その兆候は日本にもある。議論を闘わせるべき党派が、「いいね!」によって結びつくような党派と化しているのはその証左である。
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Tom Nichols 米海軍大学校教授(国家安全保障問題)。ウェブマガジンに書いた本書のもとの論考が話題に。