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「誠光社」店主・堀部篤史が薦める新刊文庫3冊 パリの日本語新聞に連載された料理エッセイなど

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『「罪と罰」を読まない』 岸本佐知子、三浦しをん、吉田篤弘、吉田浩美著 文春文庫 756円
  2. 『パリっ子の食卓 フランスのふつうの家庭料理のレシピノート』 佐藤真著 河出文庫 950円
  3. 南洋通信 増補新版』 中島敦著 中公文庫 972円

 正直に告白すると私はドストエフスキーの『罪と罰』を読んだことがない。それでも自分の店ではドストエフスキー諸作品を取り扱う。小説作品には「あらすじ」という内容だけでなく、作者によるメタメッセージ、さらにはその作品が持つイメージや付加価値と、幾層もの情報が織り込まれている。本屋の仕事は、それらを総合的に判断し、取捨選択や配置を行うことでもある。文庫化に際しようやくそのタイトルの謎がとけた(1)。作家や翻訳家4人が集まり、まだ読まぬ古典についてそれぞれが持つ情報と、部分的な翻訳を手に、あれこれと想像を巡らせる。可笑(おか)しいようでいて、私の仕事と近いことをしているようでシンパシーすら感じた。

 (2)はパリの日本語新聞に連載された料理エッセイ。「ふつうの家庭料理」という最も消費とは遠い場所にあるエキゾチックな味を、著者の生活の延長として綴(つづ)る。背景にはパリの文化や街の様子が透けて見える。日本にはない素材や調味料も登場するが、読者の暮らす文化圏での創意工夫を促すところが、ただのマニュアルではなく良質なエッセイとして読ませる所以(ゆえん)。

 (3)は「内南洋」と呼ばれた頃のパラオに赴任した作家による書簡と現地の出来事を題材にした小品をまとめたもの。「一体、時間という言葉が此(こ)の島の語彙(ごい)の中にあるのだろうか?」と綴るように、その後激戦の舞台となる運命の島々に漂うある種幻想的ともいえるひとときを描いた、当時を知る上で貴重な資料。=朝日新聞2019年8月31日掲載