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滝沢カレンの「悲しみよこんにちは」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

舞台は南フランス。
緑が気持ちよさそうに風と踊り、雲の動きは早い。

カラコロ カラコロ。
道路すらここだ、と言いにくいだだっぴろい道に、二人の親子がキャリーケースを弾きながらやってくる。
足を止めた場所は、オレンジの屋根が突拍子もなく太陽に照らされ、真っ白い土台の大きな家だ。
18歳のセシルは父との夏休みの休暇を5日間過ごすためにやってきた。

広い別荘は2人には、広すぎるほどのものだった。
すると父は別荘につくなり、「人を迎えに行ってくる」と言い出した。
「え?? 他にも誰かくるの?」とセシル。
「ん、ま、まぁ。セシルにも紹介するから」と言うと、ジャケットを羽織り出て行った。

車のエンジン音が、似合わない別荘内で響き渡る。
一時間もしないで、またエンジン音が近づいてきた。

「あ、帰ってきた」
セシルは誰が来るのかワクワクしていたため、部屋の窓から落ちそうになるほど身体を出して「パパ〜!」と手を振りながら叫んだ。

すると父はセシルに手を振り返すと、反対側の車のドアを開けた。
降りてきたのは、若く綺麗な女性だった。
「!!!」
セシルは目を何度も瞬きして、自分を疑った。

セシルの父と母はもう離婚間近だった。
父はずっと母を愛していたが、母が何度も何度も繰り返す浮気に愛想つかし、あと3日後には離婚成立というところだった。
二人のガタガタした関係は10年以上続いていたため、父にやっとステキな人が現れてセシルはなんだか安心した。

母がつい2週間前、とびきりおしゃれをしてデートに出かけに行っているのを知っている。
もちろん、相手は父ではない。
そんな母の裏の顔を知っていたから、父だけがかわいそうだと思っていた。

急いで階段を駆け下りて、玄関まで行くセシル。
玄関が開くと、優しい父は女性をエスコートしながら部屋に招く。
女性はブロンドヘアの美しい背の高い女性だった。
白すぎる歯をチラチラ見せる笑顔に、セシルは吸い込まれそうになりながら挨拶をした。

「初めまして、娘のセシルです」
「初めてまして。ローレルよ」
優しい声に甘い髪の毛の香りに思わず同じ女のセシルもうっとりしてしまう。

父はそれ以上は教えてくれなかったが、セシルもバカじゃない。
一目でどんな関係かは分かった。

一息つくと、父が「セシル、みんなでドライブに出かけないか」と提案してくれた。
セシルは張り切った声を出した。
ローレルも「楽しみね」と落ちつきながらも、楽しさを隠さない顔で答えた。

父が運転をする車内では、ローレルのこれまでを聞いたり、セシルの夢を話したりと、セシルが持ち合わせた明るい性格でずっと盛り上がっていた。

ドライブは楽しく終わった。
その日は別荘で、父が久しぶりに手料理を振る舞い三人で食べた。
疲れたセシルは、いつもより早く夢の中に入ってしまった。

午前3:50
チリチリチリリン。
まだ太陽すらのぼらない早朝にもかかわらず、別荘内にチャイムが鳴り響く。

父が出るだろうと、セシルはまた夢の中に入ろうとしていた。
だが、チャイムは止まない。
セシルは諦めて目をこすった。

鳴り止まないチャイム。
起きない父とローレル。
何で私が・・・・・・。と思いながら、玄関のほうへ小走りで向かう。

ガチャ。

玄関を開けるとそこには、夏の南フランスに似つかないスーツをピチっと決めた男が立っていた。

「はい? どなた様ですか?」
セシルが恐る恐る聞いた。
「本日、川に近付かないでください。それでは」
堅苦しい言葉を並べると、男はあっという間に去ってしまった。

「え?」
セシルは寝室に戻りながら、ずっと男の言葉の意味を探していた。
何度考えても、会ったことも見たこともない。
まぁいいかと、二度寝の夢にセシルは落ちていった。

太陽が厳しくカーテンを貫き、セシルの瞼を照らす。
「あぁーあぁ」
とんでもなく大きなあくびをして朝を迎え入れた。

「もう朝か」
セシルは台所から漂うほんのり甘い香りにピンときて、階段を降りリビングへ向かった。

「おはよう」
最初に声をかけたのは父だった。
振り向くように被せたのはローレルの声だ。
「セシルちゃん、おはよう」
「おはよう、あぁよく寝たわ」
そう言って、セシルも席につく。

「あ、パパ、今日の朝だったかしら。チャイムがなったの気付いた?」
「え? チャイムなんて鳴っていたか?」
「鳴ってたよ、何度も何度も」
「私は朝方起きてお水を飲んだけど、そんなチャイムは聞こえなかったわ」
ローレルもチャイムの音を聞いていないようだ。
セシルは、夢だったのかと思い始めた。

朝食を済まし別荘でダラダラしていると、ローレルがセシルの名を呼んだ。
「セシル、みんなで出かけましょう!」
セシルはバタバタと階段を降りると、「うん、行こう!」と元気よく答えた。

また父の運転で出かけることになった。
「今日はどこへ行く?」
セシルの声が弾んでいる。
「この近くに、大きなラリナ川があるから行ってみないか」
父の提案に、セシルの記憶がバァッと蘇る。

早朝のチャイム。
スーツの男。

セシルは思わず叫んでいた。
「川はやだ!!」
父とローレルはセシルへと視線を動かす。

「ごめんなさい、なんだか今日は川の気分じゃなくて」とセシルは改めて言い直した。
叫んだ自分にびっくりしていた。

父は笑いながら「わかったわかった、じゃあ今日は街にいこうか。美味しいパンでも食べにいこう」と優しく提案してくれた。
セシルはホッとした気分になりその日も楽しく過ごした。

その夜、別荘で夕食をしていると、父は何やら深刻な電話をしているようだった。
電話を切ってリビングに戻ってくると、やや硬い表情で話し出した。
「いま、町の組合の人から電話があって、今日ラリナ川で大量の人食い魚が発生したらしい。川にいた全員が食べられてしまったんだそうだ。あそこはしばらく立ち入り禁止区域になる」

セシルは顔と頭が固まった。
言葉が出ないほど心臓がばくばくしていた。
「セシルが川は嫌だと言ってくれたおかげだな。ありがとうセシル」
父はそう言いながら、震えるローレルの手を握った。

夕食を終えたセシルはベッドの上で考えた。
一体あの男はなんなんだ。
なぜあんなことを言ったのか。
そして、男の言葉は現実となった。
考えても考えても答えは見つからず、気づけばまた眠りの中に落ちていた。

みんな寝静まり、時を通過するカチカチ音だけが別荘に響く。

午前3:50
チリチリチリリン。
まただ。

強くしぶといチャイム音が止まない。
セシルは眠いのに、なぜか出なければならないという気持ちになる。
身体が勝手に起き、足が玄関へと向かいだす。

セシルがまた玄関のドアを開ける。
すると、そこには昨日と全く変わらないスーツ姿の男が立っていた。

男はセシルを見ると「今日は朝から出かけろ。夕方まで家に帰るな」。
これだけ言うとまた挨拶もせずに、どこかへスーと歩いて行ってしまった。

セシルは思わず「ねぇ! あなたはだれなの?」。
男の背中に向かって叫んだが、どこかへスーと消えてしまった。

謎は深まっていく。
ただ、昨日のことがある。
今回も守らなければという思いがあった。

「セシル、おはよう! そろそろ起きなさい」
一階から父の優しい声が聞こえた。
「はぁーーーーい」
まだ眠い声で返事を返す。

セシルは「はっ!」と目を覚まし、時計を見た。
午前8時を回ろうとしていた。
「大変! 朝から出かけなさいって言われてたんだ」

ボサボサ頭に水をつけて髪を整え、お気に入りのワンピースを慌てて着ると、相変わらずのバタバタ音で階段を駆け下りる。
「パパ! ローレル! 今すぐ出かけましょ! パパ、車を出して!」
「え? 今すぐって、朝食はどうするんだ?」
「いいから、支度して出かけるよ!」
焦るセシルに動かされ、父とローレルは慌てて支度をして家を出た。

「夕方まで帰るなと言われたけど、何が起こるのかな」
セシルの心の中で、不安と疑問が混ざり合う。

勢いよく車を走らせ、隣町まで来た。
ランチに観光、家族で穏やかな時間を過ごした。
遊び疲れた頃には、時間は夜7時を回っていた。
「今日は外食して帰るか」と父が提案したので、帰宅する頃には夜9時を回っていた。

車を降りて玄関を開けようとしたそのとき、三人は顔を見合わせた。
ドアノブが外されており、ドアは少し開いていた。
父が先頭に立って恐る恐る中を見る。
部屋は荒れ放題で、一目で不審者が入ったと分かった。

ローレルは急いで警察に電話した。
5分もすると警察が到着し、家宅捜査が始まる。
警察官が一通りの作業を終えると「いやー、外出中で本当によかったです。いま空き巣が多発してまして、在宅中で命を奪われる事件も起きています。凶悪な奴らで。きっとこちらでも帰りを待たれていたと思いますよ」。

「え? 何が目的なんですか?」
セシルは思わず聞いてしまった。
「もちろん金やら宝石を狙っているとは思うんですが、在宅中の住人を殺害しておりまして、単なる空き巣ではないのです」

父はセシルとローレルの肩を強く抱きしめ、生きててよかった。と言葉にしなくてもわかるような顔で2人を見ていた。
「セシル、これは偶然なのか? まさか、すべてを予知できていたのか?」

父はこの二日間の出来事を、ただ運がいいという考えでは抑えられなかった様子だ。
「いや、たまたまだよ」
セシルはあの男の存在を言いたくなったが、口がなぜかたまたまだと動いた。
「本当によかった」とローレルも言葉をこぼした。

その夜、セシルの疑いは確信に変わった。
あのスーツの男は、間違いなく私たちの未来を守ってくれている。
理由はわからない。
とにかくあの男を信じようという気持ちと同時に、一体何者なのかが知りたくなって、アラームを朝3時にセットした。

3:00
今日は、チャイムでなくアラームが起こしてくれた。
「よし、いい感じ」
セシルは音のしない玄関で、窓の外を見ながらジッとそのときを待った。

3:50
チリチリチリリン。

セシルはベッドの上でハッと目を覚ました。
「え、え、なんで? 下で待っていたはずなのに!」
頭がパニックになる。
とにかく急いで階段を駆け下り、鳴り止まないチャイムへと向かった。
ドアを勢いよく開けると、待っていた顔がそこにはあった。

今日こそは!と男の腕をぐっと掴もうとしたその瞬間、セシルの身体が固まり尽くした。
その男には、下半身がなかった。
声も出ず、生きてきた中でこれでもかと目を見開き、立ち尽くした。

「あ、あ、あなたは一体・・・・・・」
セシルが震えながらそうつぶやくと「幸せになってくれとローレルに伝えてくれ。そして、君のお父さんなら安心だ。ありがとう。君も幸せになるんだよ」。
男の表情に浮かんだのは小さな笑顔だった。

意識もなく涙がツーっと流れ出した。
そこからは記憶がなく、またいつもの朝がきた。
セシルはベッドの上で、太陽の光に起こされた。

「あれ?」
セシルは目をこすりながら起き上がった。
夢のような現実のような、不思議な朝だった。
ふと手に目を落とすと、何かを握っていた。

絵:岡田千晶
絵:岡田千晶

そこには小さなお花があった。
きっとあのスーツの男からだ。
そしてこれは自分ではなく、ローレルへのものだとわかった。

セシルは急いでリビングに向かうと、いつもと変わらない美しいローレルが「セシル、おはよう」と言ってくれた。
「ローレル、あのこれね、ローレルにってね・・・・・・」と小さなお花を渡すと「え? 誰から?」。
ローレルは目をくりくりさせながら驚いた。

「実はローレルがここに来てから、毎朝スーツ姿の男の人がここに訪ねてきていたの。それも、私にしか聞こえないチャイムを、嫌ってほど鳴らすのよ。でも、今日は川に近づくなとか、今日は朝から出かけろ、とか教えてくれてね」
ローレルは、目に涙を浮かべながら、頷きながら聞いていた。

「でね、今日こそ絶対にあなたは誰なの?って聞こう!と思ったら、その男の人はこう言ったの。ローレルに幸せになってほしいって。私のパパなら安心だよ、ありがとうって」
ローレルの涙がボロボロとこぼれ落ちた。

「ローレルをずっと大切に見守ってくれているんだね。心配はいらない。僕が君を絶対に幸せにするよ」
父はそう言うと、ローレルを強く抱きしめた。
「セシル、本当にありがとう。ダンが亡くなってから明日でちょうど5年経つのよ。だからもう前を向きなさい、ってことなのかしらね」

ダンはローレルの死んだ夫だった。
初恋からの結婚で、ローレルはダンを愛しすぎていた。
その日もいつもと変わらない平和な朝だった。
ダンはスーツ姿で仕事に向かう途中、車にはねられてしまったのだ。

「それなら明日、みんなでお墓参りに行こうよ」
「そうだな。僕も挨拶させてほしい」
「きっとダンも喜ぶわ。ありがとう」
翌日は三人で隣の隣町まで車を飛ばし、ダンに会いに行った。

帰り道、ローレルはなんだかいつも以上にきれいだった。
「ダンはとても素敵な人だったのね。パパも頑張らなきゃね!」
「ローレルを世界一の幸せ者にするよ」
笑い声はいつまでも絶えなかった。

その日以来、ダンの姿を見ることはなくなった。
きっと安心して空で眠りについているのだろう。

父と母の離婚が成立してから半年後、ローレルと父は夫婦となり、穏やかな日々を幸せに暮らした。

そんなちょっぴり不思議な体験をした、セシルの夏の物語だった。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 陽光きらめく南仏の海辺の別荘。もうすぐ18歳のセシルは、女性関係に奔放な父レイモン、歳の離れた愛人エルザとともにバカンスを過ごしています。近隣にいた大学生シリルとも知り合い、自由を満喫するセシルでしたが、そこに突然、父の旧知の仲である聡明な女性アンヌが現れます。

 エルザがいるにもかかわらず、なぜ?と、思わぬ訪問者にカレンさん版同様に戸惑うセシル。父がアンヌとの再婚を考えていることを察した彼女は、生活環境が変わることをおそれ、二人の仲を裂くべく策略をめぐらせます。深夜に訪ねてくる「悲しみさん」の謎を解いてハッピーエンドとなるカレンさん版とは裏腹に、サガン版はセシルの行動が悲劇的な結末を導きます。

 思春期の少女の危うい心理を巧みに描いた、サガン18歳のデビュー作。1954年の発表から3年後には、ジーン・セバーグ主演で映画になり、世界的に大ヒット。彼女の短髪は「セシル・カット」として日本でもはやりました。タイトル「Bonjour Tristesse」は多くの「愛」をうたったフランスの詩人、ポール・エリュアールの作品の一節からとられています。