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「自然科学系ノーベル賞」とは 人類の課題を映す発見や発明(黒沢大陸 ・朝日新聞社大阪科学医療部長)

駆けつけた旭化成の社員らの祝福を受け、笑顔を見せる吉野彰さん=10月10日、東京都千代田区

 今年のノーベル化学賞にリチウムイオン電池を開発した吉野彰さんらの受賞が決まった。

 どんな人が選ばれるのか。まず、確認しておきたいのが創設者ノーベルの遺言。「その前の年に人類にもっとも貢献した者」とされている。自然科学系は、重要な発見、あるいは発明や改良をした人を対象とする。

 業績を「自然の真理を解明する発見」と「人類に貢献するモノにつながる発明や改良」の2通り考えると、ニュートリノを観測した小柴昌俊さんは前者、成果を実用化につなげた吉野さんは後者の意味が大きい。両者を含む業績も少なくない。

 吉野さんらの業績は、環境問題という近年のノーベル賞の着目点からも考察できる。授賞理由で「太陽光や風力など再生可能エネルギーも貯蔵可能にした。脱化石燃料につながる」と強調された。モバイル機器にも役立つが、「人類に貢献」という意味で、スウェーデン王立科学アカデミーが、地球環境を重視する姿勢がうかがえる。2014年の青色発光ダイオードも省エネへの貢献が評価された。『ノーベル賞はこうして決まる』は、選考に携わってきたウイルス学者が、遺言や賞の歩みを説き起こす。病気と闘う生命科学の研究史をたどりながら選考の舞台裏について語る。

業績の変遷史

 過去の受賞者を振り返ると、その時々の対象業績の変遷から人類が何を大きな問題として抱え、それを解決するどんな「発見」が評価されてきたのかをたどれる。後年に否定されてしまった受賞研究も含めて、科学技術の発達史を確かめられる。『ノーベル賞 117年の記録』が参考になる。

 その発表を待ち構える記者たちは、何カ月も前から準備に追われる。『ノーベル賞の舞台裏』(共同通信ロンドン支局取材班編・ちくま新書)は報道の現場、各賞を巡る思惑や課題を描いている。「最先端科学の情報が自然に集積」という、スウェーデンにとっての賞が持つ意味も興味深い。

「昭和の遺産」

 ノーベルは「国籍は考慮に入れない」としているが、国別の受賞者数は気になるところではある。

 自然科学系での日本出身の受賞者数は24人となる。2001年以降では18人で米国に次ぐ2位。だが、先行きは楽観できない。遺言では前年の実績が対象とされるが、研究成果の評価が固まるには時間が必要だ。日本人受賞者の研究の多くは、30年以上前の活力ある研究現場が育んだ「昭和の遺産」と言われる。

 日本は「科学技術創造立国」を目指して政策を展開してきたのに、研究力の目安となる学術論文数で後退が続く。ノーベル賞受賞者らは、政策の要である「選択と集中」や「出口重視」が原因だと強く批判する。経済成長に直結しそうな分野を重視し、将来の世代の糧となる基礎研究を置き去りにした政策。それが目先の科学力も低下させた。絵に描いたような失政だ。

 『科学者が消える』(岩本宣明〈のあ〉著・東洋経済新報社)は、ノンフィクションライターが政府刊行物を読み解き、現場が疲弊して研究の基盤が揺らぐ状況を浮き彫りにした。『科学立国の危機』(豊田長康著・同)は、大学の経営や研究に携わってきた著者が内外の多数の資料を分析して、政策のあり方をデータに基づいて考察している。吉野さんは、旭化成の企業研究者。『イノベーションはなぜ途絶えたか』は、経済成長につながる革新的な技術のタネとして欠かせない基礎研究から企業が撤退した状況も踏まえ、沈みゆく日本を救う手立てを考える。

 ノーベル賞報道の騒ぎには批判もあるけれど、世界や日本が抱える課題や将来を考えるきっかけにもなっている。=朝日新聞2019年11月2日掲載