「ルクセンブルクで生きていこうと思う」。友人からその言葉を告げられた時、あぁ、彼女らしいと思ったのと同時に、自分の人生は自分で決めるものなのだと改めて気づかされた。
その友人Tとは、中学で出会った。中高一貫の女子校に通っていた私たちは、部活動も進路も違ったけれど、電車の通学路が同じだったこともあり、気がつけば仲が良くなっていた。高校を卒業して、別々の大学に通っていても、社会人として別業種の仕事をしていても、実家に帰るタイミングなどで年に2回以上は会っていたと思う。酒を飲みながら、あれこれ昔話をしたり、人生哲学を青臭く語り合ったり。互いの近況も悩みも良いところも悪いところもほとんど共有していた友人の一人だ。
そのTがルクセンブルクに転勤になったのは、2016年夏。かねてからTは海外赴任を望んでいたので、一つの夢がかなったことになる。私が世界一周をしていた2017年2月、ルクセンブルクに旅をして、彼女に会いに行った。
当時の私にとって、ルクセンブルクは未知の国だった。名前は聞いたことはあったけれど、正確な場所も、有名な観光名所も、公用語が何語なのかも知らなかった(ちなみに、ドイツ語、フランス語、ルクセンブルク語が話されているようだ)。だからルクセンブルクに住んでいるTに、わざわざ休日を合わせてもらい、いろいろと案内してもらった。
城壁と渓谷に囲まれ、古い街並みと要塞が世界遺産にも登録されている首都のルクセンブルク市をはじめ、ヴィアンデン城という中世の古城に出かけたり、ちょっとフランスまで足を伸ばしてワインを飲みに行ったり。2泊3日という短期間だったが、Tのアテンドのおかげでとても濃い時間を過ごせたと思う。
ルクセンブルクという国の美しさもさることながら、やはり印象的だったのは、Tが生き生きとしていたことだった。Tが紹介してくれた、現地の日本人駐在員はみなさん仲が良くて(そう、そのうちの一人が、浪人時代に予備校で共に闘っていた仲間で、世界は狭いなとつくづく思ったのだが)、Tもそのコミュニティの中で、飾ることなく、自分らしく、生活を楽しんでいることがよく分かった。とにかく居心地が良さそうなのだ。日本社会に閉塞感や窮屈さを感じていたTにとって、ルクセンブルクライフは性に合っていた。
ただ、海外赴任には期限があった。いくらルクセンブルクの環境が気に入っても、同じ会社にいれば、また日本に戻るという選択肢しか残っていなかった。Tも悩んで、いろいろなものを天秤にかけたり、いろいろな人に相談をしたりして、結局自分で出した答えは、ルクセンブルクで生きること。そのために、ルクセンブルクでずっと仕事ができるように転職をするということだった。
彼女は今もルクセンブルクにいる。たまに帰国するときに、いつものように酒を飲みながら話をするのだが、今のところ、自分で選んだ道に後悔はなさそうだ。そんなTを見ると、どこで誰とどうやって生きるかは自分で決めるべきなのだなとつくづく思う。
安藤美冬さんというノマドワーカーの先駆け的な存在がいる。安藤さんの処女作で2012年に出版された『冒険に出ようー未熟でも未完成でも“今の自分”で突き進む』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本を、そういえば、まだTが日本で働いていた頃、彼女に勧めてもらったことを思い出す。
安藤さんは一流大学を卒業し、名の通った大手企業に就職。恵まれた「優等生人生」を歩んでいたが「決められたレール」から自ら外れて、「個人」として生きていくため、新しい一歩を踏みだす。その心境や心構えが詰まった1冊だ。
『安全な道をとるか、危険な道をとるか。迷ったら、危険な道を選べ』。情熱がたぎるような、この岡本太郎さんの言葉に触発され、私は、30歳で退職して、実績ゼロからの再スタートを切りました。“安全な道”を背にして、“危険な道”を選んだのです。(4ページ)
20代はどうか小さくまとまらないでほしい。「私の人生、こんなものだ」と思わないでほしい。まだまだ若いのだから、満足や限界を感じるには早い。狭い枠にはまった思考を捨てて、できるだけ広い視野とスケールで生きるんだ。(187ページ)
私の中で、「自分で人生を切り拓いた女性」として思い浮かぶのは、安藤さんとTの顔。2人の考え方はどこか重なる気がする。女30歳、人生まだまだこれから。自分の選んだ道に後悔はしたくない。