- 井上荒野『あたしたち、海へ』(新潮社)
- 宮部みゆき『黒武御神火御殿』(毎日新聞出版)
- 唯川恵『みちづれの猫』(集英社)
井上荒野さんの『あたしたち、海へ』に出てくるのは、幼なじみの三人、有夢(ゆむ)と瑤子と海(うみ)。一緒に受験した私立中学に合格し、クラスも同じになって、これから訪れる眩(まぶ)しい日々を共に駆け抜けるはずだった。けれど、それは叶(かな)わなかった。クラスのボス的な女子に逆らった海は、つまはじきにされ、学校を去っていったから。
有夢と瑤子には、心ならずとはいえ海へのいじめをスルーしてしまった傷と、新たないじめのターゲットとなったことによる傷が、日々上書きされている。そんな二人の心の支えは、海も大好きだったミュージシャン、リンド・リンディが歌う「ペルー」だ。異国の土地の名を口ずさむことで、二人の少女は日々を懸命に耐えている。けれどいつしか、二人にとって、「ペルー」はいじめから解放される“あちら側”と同義になっていく……。
いじめ、をテーマにした物語ではあるのだけど、本書にはその先にある、しなやかな光も示されている。今日もまた、自分だけの「ペルー」を支えに生きている、日本中の有夢、瑤子、海に、この物語が届いてほしい。
宮部みゆきさんの『黒武御神火御殿(くろたけごじんかごてん)』は、人気シリーズ「三島屋変調百物語」の六巻目。今作から百物語の聞き手が、おちかちゃんから三島屋の次男坊・富次郎に。
宮部さんは、人の心が一番恐ろしい、けれど、人の心を救うのもまた人である、ということを一貫して描かれていて、それはとりわけ時代小説にあらわれていると思うのだけど、本書もまたしかり。
「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」がモットーの三島屋の百物語は、今よりも怪異が身近だったお江戸の人々にとって、心の駆け込み寺にもなっている。
有夢と瑤子、海を支えたのが「ペルー」であり、お江戸に生きる人々を支えたのが三島屋の百物語だとしたら、唯川恵さんの『みちづれの猫』は、文字通り、猫に見守られ、支えられた女性たちを描いた短編集だ。どの短編も、猫好きにとっても、そうでない人にとっても、心の奥の柔らかな部分を大事にしてもらえるような、そっと肯定してもらえるような、ぬくもりと優しさに満ちている。
井上さん、宮部さん、唯川さん。ベテランの彼女たちが、常に真摯(しんし)に物語と向き合っている背中を見て、同性の若い書き手がその後に続くのだ、と私は思います。今回紹介した三冊は、そのことを証明してくれる三冊、でもあります。=朝日新聞2019年1月12日掲載