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三宮麻由子さんの絵本「でんしゃは うたう」 「真っ白い耳」で聞いた音が主人公

文:坂田未希子、写真:北原千恵美

「電車らしい音」を探して

———「はっしゃしまあす」。ゆっくりと走り出した電車が次第にスピードを上げ、街中を抜け、特急列車とすれ違い、鉄橋を渡り、次の駅へ到着する。三宮麻由子さんの『でんしゃは うたう』(福音館書店)は、実際に電車に乗っているような気分が味わえる作品だ。そこには、「たたっ つつっつつ たたっ つつっつつ」「どだっととーん」「しょん しょん しょん」など、多彩な「音」が登場する。そう、物語の主人公は「音」だ。

 『でんしゃは うたう』は、電車の中から聞こえる音を、実際に聞いたまま文字に落としました。でも、昔に比べて電車の音が静かになったので、音を探すのが大変でした。この絵本を書き始めた頃から、継ぎ目の少ないロングレールになったり、車体も鉄からアルミに変わってきていたので、「電車らしい音」が聞こえないんです。まずは音がする電車を探すところからはじめました。

『でんしゃは うたう』(福音館書店)より

———取材する中で一番音が大きく、電車らしい音が聞こえたのは総武線。おすすめは、2両目以降だ。

 絵本では、列車の一番前から見える景色が描かれていますが、音は一番前だと面白くないんです。1両目と最後尾車両はタイヤが2つしかないので、「たたっ たたっ たたっ たたっ」としか聞こえません。一番電車らしい音がするのは2両目から最後尾の前まで。ここで聞くと絵本にある「たたっ つつっつつ」が聞こえます。先日、20年ぶりくらいに総武線に乗ったら、今も同じ音でした。

———最初から最後まで、書かれているのは電車から聞こえる音だけ。豊かな音の世界の中で、列車の揺れや、スピード感までも感じることができる。

 音を文字に落としたことで「聞こえる化」できたのがよかったのかもしれません。私は「真っ白い耳」と言っていますが、「ガタン ゴトン」といったステレオタイプの音ではなく、音のまま、「真っ白い耳」で聞いて、読んでほしいと思っています。この本をきっかけに、電車に乗る楽しみや、移動の楽しみを味わってもらえるとうれしいです。

『でんしゃは うたう』(福音館書店)より

———4歳で失明し、音の世界で生きてきた三宮さん。中学生の頃から翻訳や文章を書く仕事に興味を持ち、大学生時代には、同人誌を書いてコミケに出るなど執筆活動を行なっていた。就職後も執筆活動を続け、第2回NHK学園「自分史文学賞」大賞を受賞。エッセイストとしてデビューする。

 絵本作家になったのは、エッセイを読んだ福音館書店の編集者の方が声をかけてくださったのがきっかけでした。絵本は、子どもの頃に母が読み聞かせてくれていたので大好きでした。絵本を見た記憶もあるし、絵はどうやって描くかもわかっているので、「絵本」がどんなものかはイメージできました。でも、目の見えない私が絵本を書くというのは考えたこともなかったので、すごくびっくりしました。編集者の方に「絵の部分は説明するので、テキストを頑張ってください」って言われて、それならできるかもしれないと。じゃあ、私に書ける本は何かって考えたら、やっぱり「音」だと思いました。

———デビュー作となった『おいしいおと』(福音館書店)では、「カコッ ホッ カル カル カル カル カル」「カシャッコ シャン シャン シャン シャン」など、ご飯やおかずを食べる音が美味しそうに書かれている。

 子どもの頃、目が見えなくなったことの精神的なショックもあって、拒食症で病気がちだったんです。食事の時間は地獄で、おいしいと思ったことは数える程しかない。「いっぱい食べて大きくなろうね」って言われるのが辛くて。だから、私のように食べるのが苦手な子が、音を聞いて遊んでいるうちに食べちゃえる、そんな本にしたいと思って書きました。

 食べる音は「体の中から聞こえる音」にしました。幼稚園の頃、男の子とおせんべいを食べていて発見した音です。彼は「カリン ポリン」といい音がするのに、私は「ムリ モリ」って全然いい音じゃなくて、それは彼が丈夫な男の子で、私は体が弱くて小さいから、いい音が作れないんだってがっかりしたんです。ところが、ある時、おせんべいを食べる音を録音して聞いてみたら、私もいい音がして、すごく嬉しくて。それで、外から聞く音と体で聞こえる音が違うことに気づいたんです。『おいしいおと』も読むだけではわからないので、ぜひ食べながら音を聞いてみてほしいです。

鳥の声250種類を聞き分けられる

———雨の音を描いた『おでこに ピツッ』、風の音を表現した『かぜ フーホッホ』。三宮さんの絵本を読むと、私たちの周りには、こんなにもいろんな音があるのに、いかに自分は何も聞いていないのかと実感させられる。それは決して、目が見えないから聞こえるわけではないという。

 よく「目が見えないから音に敏感」と言われますが、それは正しいけれど正しくない。もちろん、生きていくために、ある程度は音に敏感でなくてはいけませんが、敏感度には個人差があります。私は幼稚園の頃から音を拾う訓練をしました。最初は先生が「水の音がするよね。これは噴水だよ」というふうに教えてくれて、そこからだんだん自分で音を拾うようになりました。自分で音を拾えないと、歩けるようにならないんです。これが何の音で、これは何の音だって覚えるまでは、どんなに習ってもダメなんです。覚えるまで何度間違えて、どれだけいろんな人に救出されたことか(笑)。

 私が人より音に敏感になれたのは、幼少期に訓練を始められたことやピアノを習っていたことも、有利だったと思います。鳥の声も250種類くらい聞き分けることができますが、見えない人がみんな聞き分けているわけではありません。音に敏感なだけでなく、音を感性の世界で拡大することができたからエッセイストとしても認めてもらえたと思っています。

———目が見えないことを「シーンレス」という独自の言葉で表現する三宮さん。シーン(風景)がレス(ない)という英語の造語である。

 私は音から風景を作る、音を拾って空間把握をしています。目が見えるシーンはありませんが、音を拾っていくことで別の形のシーンが出てきて、シーンフルになる。見えている人は引き算で音を聞いていますが、私は足し算で聞いていくので、「雑音」というものはないんです。例えば、イラクの紛争地帯のニュースが流れていて、スズメの声が聞こえたとします。そうすると、イラクには日本と同じスズメがいて、スズメが飛ぶ空があることが見えてきます。私にはニュースの内容と同じくらい、スズメの声が聞こえることが大切なんです。

 絵本を書くときも、みんなが雑音だと思っている音をどれだけ拾えるかが私にとって勝負になります。これからも、子どもも大人も「真っ白い耳」で楽しめる絵本を書いていきたいです。面白い音だけじゃなくて、雑音やあらゆる音に注目して、音の原石を宝石にして、読者のみなさんと一緒に聞いてみたい。特に今、人工音を含めて音が多い時代なので、その中から、本当に私たちの心に響く音を見つけて届けたいと思います。