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#29 サンドイッチも人生も「行き当たりばったり」でいい 髙森美由紀さん『山の上のランチタイム』 

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子

 「きれいな層のサンドイッチねえ。ミルフィーユというのも頷けるわ。確か千枚の葉という意味だったかしら?」(中略)こんがりトーストされたパンの間に、爽やかな黄緑色のレタス、香ばしく焼かれて波打つベーコン、タンポポ色した薄焼き玉子、オレンジ色のコクのあるチェダーチーズの四種類が、幾重にも折り畳まれ、層を作っている。「カラフルね。重ね方とか順番とか厚さとか。設計図があるのかしら」「いいえ、行き当たりばったりに重ねています」 (『山の上のランチタイム』より)

 3月になって、少しずつ春の訪れが感じられるようになってきましたね。暖かくなると、外に出かけるのも楽しみ♪ 特に、登山する方にとって、春は待ち遠しい季節なのではないでしょうか。今回ご紹介する作品は、「葵岳」という山の登山口にある「葵レストラン」が舞台。ここで働く主人公の美玖(みく・元柔道部)は、店長の登磨(とうま・イケメン☆)に密かな恋心を抱いています。しかし、美玖の母親は11年前にこの山で滑落し、亡くなっているのです。そんな辛い思い出もある「葵岳」ですが、美玖はお客さんとの交流を楽しみながら、毎日楽しく働いています。
 著者の髙森美由紀さんは、ご自身の故郷、青森県にある「名久井岳(なくいだけ)」をモデルに本作を書かれたそう。髙森さんに、作中に登場したメニューや思い出のごはんなどのお話をうかがいました。

サンドイッチの具材は人生の層

——本作では、数え年7歳になった地元の子供たちや、一人で山に登ろうとする老婦人など、さまざまな人が「葵岳」にやってきますが、髙森さんは実際に登山をされたことはありますか?

 子どもの頃は山に登っていましたね。私は運動音痴だし、運動嫌いなんです。すぐ転びますし(笑)。でも山の空気や景色は好きです。足をひたすら交互に前に出し続けていると、普段意識していなかった自分自身を強く感じさせられるところが魅力だと思います。
それから、意外さに気づかされるところも面白いです。黙々と上ったり下りたりするうちに、考えることが単純化してきて「意外と鳥がうるさい」とか、「意外と時間はたくさんある」とか、「意外と自分の人生悪くない」とか。

—— 作中には「アナグマのドライカレー」や青森県のブランド米「青天の霹靂(へきれき)」を使った塩とオリーブオイルのおむすびなど、地元の食材を使った料理もたくさん登場しますが、これらのメニューはどのように考案されたのですか?

 当初のメニューイメージは郷土料理だったのですが、担当編集者さんのアドバイスもあって、洋風なものを混ぜ込むことにしました。まずは材料をあらい出してから「各話の筋に合った料理」や「登場人物を象徴する料理」という縛りで、本やネットで検索してメニューを見つけ、材料と郷土の食材を入れ替えて調整しました。例えば、葵岳の近くで生まれ育った花嫁の結婚披露宴で出した「塩とオリーブオイルのおむすび」は、青森県産のお米を使って少し変わった洋風のおむすびにすれば、花嫁の両親を始め、参列者たちの記憶に残るメニューになるんじゃないかと思ったんです。

——中でも「サンドイッチミルフィーユ」は、ある日、一人で登山しようとやってきた老婦人の律子さんのお気に入り。トーストした薄切り食パンに薄焼き卵、レタス、チェダーチーズ、ベーコンが挟んであって、大口を開けてかぶりつけば、色々な味がしそうです! 何層にも重なっているこのサンドイッチを、自分の人生の層と重ねる律子さんですが、これらの具材を人生で例えるなら、それぞれどんなものだと思われますか?

 おこがましいですが、それぞれの具材はこのサンドイッチを食べる人自身の中身や人生の時間を表わせていたらいいなと思っています。薄焼き卵は、無邪気で、明るく優しく、未来へ向かう力を内包している子ども時代(本作の第1章)、レタスは繊細で瑞々しく、儚いところがあるので、青春時代(第2章)、チーズは時間と手間暇をかけられてじっくり熟成され仕上がっている大人の時代(第3章)、ベーコンは燻されて味わい深くなった中高年以降の時代(第4章)、そして上下のパンは、その人のベースとかホームというイメージです。
 このサンドイッチを作った店長の登磨は、「料理を設計図のような型にはめたくない。料理も人生も、もっと自由で風通しがよく、創造的なものなんじゃないか」と考える人です。「行き当たりばったり」というのは、登磨の自信の表れです。ある意味基本ができていないとうまくそのチャンスが来たときに乗りこなせないですから。自由な発想に基づくと自由な動きができて、リズムが生まれ、風が起これば楽しくなる。「自分にせっかく流れてくるチャンスやピンチを、緩やかにのびのびと楽しみながら、乗ったり、掴んだりしてもいいじゃん」と、彼なら言いそうだなと思ったんです。

——ご自身の人生の層は、今どのようになっていると思いますか?

 私の場合の層は、境目がなく、滲み合って混沌としていると思います。誰かが真っ二つにして断面を見せてほしいですね。

——山で食べると、カップラーメンでも普段以上に美味しく感じられますが、髙森さんが一番印象に残っている山で食べたものの思い出は何でしょう?

 祖母が杏の実を梅干しのように赤紫蘇に巻いて漬けた「杏漬け」を具にした、大きなおにぎりです。杏漬けは、フルーティで甘酸っぱいお菓子のような代物ですが、白いご飯と分厚い海苔になぜか合うんです。疲れた体には優しくありがたく、グングン吸収していく感じがありました。 

——これまでの、ご自身の背中を押すような、もしくは力がついたランチ(食べ物)の思い出を教えてください。

 私が通っていた保育園は、ご飯だけを持参する昼食システムでした。その白米に、祖母が作る「杏漬け」を日の丸弁当の如く真ん中に押し込んで持って行っていたのですが、ある日、同じクラスの一人が「種がないし葉っぱに包まれてるし、その梅干し、変」と言ったんです。すると、保育園の先生が「お家で作ってるんだから、みんな同じじゃなくていいんです。違ってるのが当たり前なんですよ」と諭しました。
 私はその時、言葉に表せないドキドキを感じました。お迎えに来た祖母に真っ先にそのことを話すと、祖母は頬っぺたに杏漬けを貼りつけたみたいに真っ赤になって嬉しそうにしていたんです。その顔を見て、ドキドキは「嬉しかったこと」だったんだと知りました。私の一番古いランチの記憶が、一番美味しい記憶になっています。

——本作のイベントが、1月に八戸ブックセンターで開催されました。作中に出てきた料理の再現メニューの実食や印象的なシーンを語り合う読書会など、楽しそうな内容でしたね!

 おかげさまで、皆さんにも好評でした。私も作中に出てきたメニューを実際に味わえて、感激しました。シェフの方から料理の作り方を教わったり、裏エピソードや裏技もうかがえました。読書会では、皆さんからのご感想を直接いただくことができて、自分では忘れてしまっていた描写などを掘り起こしていただき、いろいろな角度からのご感想を賜り、大変興味深くワクワクして拝聴しました。客観的な視点から、もう一度拙作を眺める良い機会になりましたね。