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杉江松恋さんが薦める新刊文庫3冊 予測不能な謎の競演

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『巴里マカロンの謎』 米澤穂信著 創元推理文庫 682円
  2. 『逃げる』 永井するみ著 光文社文庫 902円
  3. 『魔女の組曲』(上・下) ベルナール・ミニエ著 坂田雪子訳 ハーパーBOOKS 各1100円

 (1)は青春ミステリーの人気シリーズ、なんと十一年ぶりとなる新作短篇(たんぺん)集だ。
 中学時代の失敗から、目だたずに生きることを旨としている高校生、小鳩(こばと)君と小佐内(おさない)さんが日常の中で小事件に遭遇する、というのが物語の基本形式だ。小市民的な体面を崩さずにその謎を解くことが彼らにとっては重要なのである。

 表題作を含めお菓子の名前を配した短篇が四つ並んでいるが、動機を問うものや犯人捜しをするものなど、呈示される謎の種類がすべて異なっている。感心したのは最後の「花府シュークリームの謎」で、手がかりの出し方が抜群に巧(うま)い。

 (2)は、二〇一〇年に急逝した作者の、遺作長篇である。永井は、ごく普通の暮らしを送る人が思いがけない落とし穴にはまり、日常から逸脱してしまう心理劇の名手だった。本作の主人公・柴田澪(みお)は、家族には死んだと伝えている実父に出会ってしまったのがきっかけで、その父・伊作と共に絶望的な逃避行に出ることになってしまう。予測不可能な展開が続き、片時も油断できない一篇だ。

 (3)はフランスの人気作品、セルヴァズ警部シリーズの第三作である。
 クリスティーヌという女性が、突然不特定多数の人間から悪意を向けられるようになる。本人はまったく覚えがないのだ。その頃、ある理由で休職中のセルヴァズ警部は、個人的にある事件の謎を追い始めていた。この二つの出来事がどう合流するかを言い当てられる読者は皆無だろう。奇想の極みと言うべき真相が待っている。=朝日新聞2020年2月29日掲載