1. HOME
  2. 書評
  3. 「航空の二〇世紀」書評 「空」から論じる地球規模の歴史

「航空の二〇世紀」書評 「空」から論じる地球規模の歴史

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月11日
航空の二〇世紀 航空熱・世界大戦・冷戦 (明治大学国際武器移転史研究所研究叢書) 著者:高田 馨里 出版社:日本経済評論社 ジャンル:国防・軍事

ISBN: 9784818825512
発売⽇: 2020/03/17
サイズ: 22cm/424p

航空の二〇世紀 航空熱・世界大戦・冷戦 [編著]高田馨里

 近年、歴史学界で話題の「グローバル・ヒストリー」。一国史を越えた地球規模の広域史のことだが、史学に必須の実証性が壁だった。そこに風穴を開けたのが海域史研究。交易、侵略、植民、奴隷売買をも含む人・物・財・知の海上移動に注目して成果を上げている。
 本書はそんな潮流に「空」の側からアプローチした意欲的な論集である。
 海域史は近世が主舞台だが、空はやはり20世紀。航空産業の育成や戦力への適用もまさに世界規模だ。20世紀は初めから「グローバルな世紀」なのである。
 とはいえ航空史を書くのは意外に難しい。飛行機マニアは星の数ほどいるし、航空産業史と航空政策史は分野が異なる。戦史・軍事史にも好事家がひしめく一方、空の旅は人々の感覚や認識を変え、文学や芸術、大衆文化にも影響した。
 そこで本書は20世紀初めの世界的な「航空熱」の高まりに着目する。ライト兄弟による初の有人動力飛行以来、各国で大衆的に高揚した空への熱狂が政・経・軍・技・民へと広まる。そうした諸相を経済学、法制史、文学、軍縮研究などの専門家が論じている。
 その結果、独ユンカース社の創業者がワイマール期のドイツで「平和的航空利用の多様な可能性」を構想したり、大隈重信が軍用機開発を戦争を食い止める「万国平和の使者」と呼んだりした逸話などがかみ合って活きることとなった。
 大正期の女性飛行家人気や戦後ジェット時代のスチュワーデスなどへのジェンダー史的観点、東京帝大航空学科と軍の関係、冷戦期インドの空軍力構築、そして大衆的な航空熱が航空分野と国民の軍事動員を加速させた可能性など、学術論文集にありがちな各論の羅列を免れて示唆的だ。
 思えば新型ウイルスの感染爆発もまた、大衆的な「空のグローバル化」の所産のひとつでもある。その皮肉におのずと目が向くところも、はからずも本書の功績というべきだろうか。
    ◇
たかだ・かおり 1969年生まれ。大妻女子大教授(アメリカ史)。著書に『オープンスカイ・ディプロマシー』