『戦後「社会科学」の思想』書評 知の遺産忘却への異議申し立て
ISBN: 9784140912614
発売⽇: 2020/03/25
サイズ: 19cm/302p
戦後「社会科学」の思想 丸山眞男から新保守主義まで [著]森政稔
一見、正統的な戦後日本の社会科学史である。丸山眞男に始まり、内田義彦や平田清明の市民社会論、鶴見俊輔の転向研究、松下圭一の大衆社会論をへて、最後は現代の新保守主義を検討する。途中、ヨーロッパの戦後思想や大衆社会論、ニューレフトの思想に頁(ページ)を割いているのが特徴的ではあるが、全体としては、それぞれの議論の適切な要約と批判的検討に力を入れた優れた教科書であろう。
しかし、読んでいると、「優れた教科書」という枠に収まりきらない著者の強い思いのようなものを感じる。例えば60~70年代のニューレフトについては、コンパクトな本のサイズに比して、充実した紹介がなされている。それもマルクーゼ、トゥレーヌ、ウォーラーステイン、アルチュセール、ポランニーなど日本以外の知識人が多く取り上げられ、そこに真木悠介、廣松渉、宇沢弘文など通常、社会科学史で取り上げられることの少ない日本の研究者が加わって、読みでがある。著者もまた「われわれは、ニューレフトの時代が生み出した可能性を、まだ十分に収穫していない」と総括する。
現代の部分にも力が込められている。市場や民間活力を強調するはずの新自由主義が、実は「強い国家」の思想と結びつき、国家介入を肯定する逆説を、フーコーの統治性研究も交えて分析している部分は本書の圧巻である。さらに日本の政治改革が過度に「政治」への期待を強調し、結果として過度の失望を生み、現代の政治的停滞をもたらしたことへの批判的検討も痛烈だ。このことと関連して、政治の役割を強調した丸山とアレントの評価が両義的であるのも興味深い。
ある意味で、本書はものいう通史である。表面的には淡々とした記述に、現代日本とその社会科学に対する著者の強い危機意識が込められている。過去の知的遺産を忘却に追いやる現代への異議申し立てとして、この「教科書」を読んだ。
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もり・まさとし 1959年生まれ。東京大教授(政治・社会思想史)。著書に『迷走する民主主義』など。