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#2 ポルベニールブックストア(神奈川) 深夜特急の旅で出会った、本から始まる「未来」探し

文・写真:朴順梨

 ペネロペ・クルス主演の「ボルベール」(2006年)という映画がある。それぞれに事情を抱えた女たちの家族と故郷の物語で、ボルベールとは「帰郷」の意味だ。だから店の名をはじめて聞いた時、「ボルベールブックストアかあ。『地元の本屋に戻っておいで』って感じなのかな」と、勝手に思っていた。

 しかしそれは思い違いで、店の名前は「ポルベニールブックストア」だと、程なくして気づいた。

旅の途中で出会った小さな町が、店名の由来に

 JR大船駅から仲通り商店街を抜けて少し歩くと、パソコン教室の並びに、白地にブルーの看板が見えてくる。中をのぞくと、カウンターに鎮座しているペンギン(の、ぬいぐるみ)の奥に、店主の金野典彦さんの姿が見えた。

「もともとここはメガネ店だったんですけど、その時の窓やドアを活かしてリフォームしたんです」

 築53年を迎える建物だけあり、外観はクラシックなものの、木目と白の店内はピカピカだ。完全にスケルトンの状態から「1日のほとんどを過ごすのだから、気分よくいられるように」と、木を活かした内装を建築士の友人とともに作り上げた。

メガネ店だった頃の名残なのか、広く取られたウィンドウが特徴だ。

 横須賀に生まれ横浜で育った金野さんは、1966年生まれの「バブル世代」。1989年に大学卒業後、広告代理店で「24時間戦えますか」的な生活を送っていた。忙しすぎて遊ぶ暇はなく、当時会社があった東銀座から横浜まで深夜バスで帰宅することもよくあったという。

 しかしそんな生活はバブルがはじけたことで終わりを迎え、金野さんは丸4年勤めた会社を退社する。

「もともと旅好きだったことと、ちょうど『深夜特急』(沢木耕太郎)の完結編が発売されたことがあり、会社を辞めて長期海外の旅に出ることを決意していました。『深夜特急』を読んだことで、大陸を陸路でパブリックな交通手段で移動したいと思ったんです。まず東南アジアを旅したあと香港に渡り、中国のシルクロードをパキスタンに抜けてギリシャまで、バスや鉄道など陸路の交通手段だけで6カ月かけて回りました」 

 いったん帰国したものの金野さんは、「今度は南米に行きたい」と思うようになった。やはり愛読していた椎名誠の著書『バタゴニア』の影響だ。英語は旅行会話程度、スペイン語は分からない。でも歩いていくうちに旅行者がよく使う言葉は自然と覚えられていき、8カ月かけてアメリカ大陸を渡ることができたそうだ。「ポルベニール」は、そんな旅の途中で出会った言葉だ。

「ポルベニール ブックストア」店主の金野典彦(こんの・のりひこ)さん

「南米大陸南端からマゼラン海峡を渡った先にあるフエゴ島に『ポルベニール』っていう町があるんです。何てことはない小さな町なんですけど、音の響きが妙に印象に残って」

 帰国後は広告業界に戻ったが、35歳の時に技術系の出版社に転職。広告、書店・取次、直接販売と営業を16年間担当した。

「出版社での仕事は性に合っていたし、独立を考えていた訳でもありませんでした。しかし年月が経つほどに、東京ではなく、自分の気に入った地方の街で暮らしながら仕事をしたいという思いが募っていきました。ゲストハウスなども候補にありましたが、これまでの経験が活かせて、本が好きで『本』は人生に絶対に必要だと断言できるようになったので、独立して本屋をやることに決めたんです」

「ほどほど」にすれ違える程度のスペースを開けて、書棚が並んでいる。

言論の自由はあれど、人権侵害の自由はない

 パタゴニアで印象に残ったのは、マゼランペンギンと強風。だからペンギンと、強い風でしなるタンポポを店のロゴマークにし(ちなみに椎名誠『パタゴニア』のサブタイトルは「あるいは風とタンポポの物語り」だ)、準備期間を経て2018年11月に商店街の外れにオープンした。

 するとその3か月後、大船駅界隈にもう1軒あった路面店がクローズした。以来、駅ビル内に本屋はあるものの、大船の路面店の書店は同店だけとなった(2020年6月現在)。

 10坪(約32平方メートル)の店内に、4000冊ほどの本が並んでいる。天井近くまでぎっしりではなく、平均的な身長の大人なら脚立を使わなくても手が届く、見上げなくていい高さにとどまっている。

「意外と少ないと思うかもしれませんが、仕入れもコストがかかりますし、本が隙間なく並ぶ圧迫感のあるレイアウトが苦手なんです」

 仕入れる本は表紙や直感で候補を選び、内容や著者のプロフィール、過去の作品を確認してセレクトしている。人文・社会系書籍がメインで、「●●すれば××になる」系のビジネス書やハウツー本は、情報がすぐに古くなることもあって、扱わないことにしているという。

 同時に、特定の属性を貶める内容の「ヘイト本」も、置かないことにしていると語った。理由は「言論の自由はあるが、人権を侵害する自由はない」と思っているからだ。

「『商売だし、選ぶのは読者。それに言論の自由があるから』と言って、『ヘイト本』を平積みする本屋さんもありますよね?」と聞くと、

「それは一種の思考停止ですよね。売れるからといって、それが差別を助長し人権侵害につながっていることに考えが及んでいないか、考えることを放棄している。誰でも入れるパブリックな場である本屋の店頭に、人権侵害につながる本を平然と並べられる感覚が、私にはちょっと理解しがたいのですが」 

 という答えが返ってきた。

店には現在4羽のペンギンがいるが、いずれも名前はない。

イベント用の椅子が丸椅子じゃない!

 店内中央の平台は可動式になっていて、イベントなどがある際は端に寄せれば、約30席分のスペースが確保できる。ポルベニールのイベント用の椅子は丸椅子ではなく、背もたれがついた四角いパイプ椅子。近くの撤退したテナントから無料で譲り受けたものだ。

 書店イベントは、そこが醍醐味でもあるのだが、丸椅子をぎゅうぎゅうに並べる究極の「3密」であることも多い。しかし金野さんは「自分も腰痛持ちだから」と、座る人にやさしい椅子を用意している。「気分よくいられるように」は、自身のためだけではないことがわかる。

 また開店当初はあまり扱っていなかったものの、今はしっかりスペースを取っているのが絵本だ。はす向かいに図書館があるせいか、赤ちゃんや子どもを連れたお客さんも多い。子どもを持つ人から望まれていることに気づき、通りからよく見える場所に陳列することにしていると語った。

「絵本は未知の世界でしたが、扱ってみると面白いですし、世代を超えて読み継がれているものが多いんです。今置いてある『ぐりとぐら』なんて、229刷までいってるんですよ。これってすごいことですよね」

『ぐりとぐら』シリーズや、地元の湘南モノレールを描いた『モノレールのたび』が人気に。

 あえてここまで触れずに来たが、「ポルベニール」は地名だけではなく、スペイン語で「未来」という意味がある。

「音の響きももちろん好きだけれど、本棚を介して本と対話し、本を介してこれまで知らなかった未来と出会って欲しいから、ポルベニールなんです」と、金野さんは言う。

「だから故郷の近くで店を始めたけれど、ボルベールではなく、ポルベニールでなきゃダメなんだろうな」

 そんなことを思いながら棚に並んだ本を眺めていると、これまでに読んだ本や欲しい本はさることながら、ここに来なければ知らないままだったと思う本がいくつもあった。その中から金野さんにお勧めを伺い、あえて中を見ないで買ってみた。

 果たしてどんな「ポルベニール」が描かれているのか。ボルベール(帰宅)の道が楽しみだと思えるって、なかなか得難く幸せなことなのかもしれない。名残り惜しさとページをめくりたさを抱えながら、ペンギンに手を振って店を後にした。

売れ筋(というより、金野さんオススメ)

  • 『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』山本高樹著(雷鳥社) インド北部ラダックのさらに奥・ザンスカールへの冬の旅の記録。GWに20冊以上売れた。
  • 『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』金井真紀著(皓星社) 世界の持っている多様性を楽しく感じられる。
  • 『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』ドミニク・チェン著(新潮社) 「分かる」ではなく「分かり合えない」を前提に世界と向き合うために。