素直に思い付いたものがいい
――ロングセラーとなった『ぞうくんのさんぽ』(福音館書店)が1968年に刊行してから、50年以上がたつ。ぞうくんが友達と散歩に行く様子がのんびりと描かれており、いまでも幼稚園・保育園で不動の人気を誇る作品だ。実はこのシリーズの2作目が出版されたのは、1作目から36年後のこと。著者のなかのひろたかさんは、当時のことをこう振り返る。
はじめに描いた『ぞうくんのさんぽ』は、当時「こどものとも」の編集長だった松居直さんが気に入ってくれて出版した絵本でね。「親亀の背中に子亀をのせて、子亀の背中に……」という早口言葉が流行したときで、友達が口ずさんでいるのを聞いて、おもしろいなと思ってね。それをアイデアベースにして作った話なんだよ。ぞうくんの上にかばくんが乗って、かばくんの上にわにくんが乗って……という、たわいもないお話で、これほど人気が出るとも思っていなかったから、ぼくの中では1作目で完結しちゃってたんだ。2作目を描くつもりはなかったの。ほら、続編で失敗しちゃう作品って多いでしょう。映画でも、うまくいったのは「ターミネーター」ぐらいだよ(笑)。だから、2作目はどうですかって言われても、ずっと描かなかった。
でもふと、動物たちが今度は反対にぞうくんを乗せていったらおもしろいかなと思って、池の中に入っていくのを考え付いたんだよ。ぼくは話を無理やり考えたものは好きじゃなくて、素直に思い付いたものがいいと思うんだ。いまの本は、子どもにとって唐突な飛躍があるストーリーが多いよね。いいアイデアを思いついたら早いんだけど、思いつくまでが大変なので、絵本は時間がかかるんだよ。
――2作目の『ぞうくんのあめふりんぽ』は、前作とは逆の順番で、ぞうくんが友達の上に乗せてもらうというストーリー。雨が降っていてもぞうくんたちはごきげんで、マイペースに池の中まで散歩に行く様子がほほえましい。全体的に淡い色合いで穏やかに描かれており、独特な手書きの文字がぬくもりを感じさせる。
他の絵本はまた別のタッチを使っているけれど、このときはこの絵本の雰囲気にうまくあったんだよね。線はサインペンで描いて、瓶に入ったカラーインクを水で溶いて薄めてなんべんか塗ってるの。ぞうくんの場合は、最初にピンクを塗って、次にブルーを塗って、というふうに何層か色をかけ合わせてる。
1作目は、兄貴(なかのまさたか氏)が文字を描いてくれたんだよ。グラフィックデザイナーでレタリングがうまかったんだよね。でも2作目が出たときにはもう亡くなっていたので、『ぞうくんのあめふりさんぽ』は大変だったんだ。それでもあの文字がよかったから、ぼくが兄貴の字を真似て描いたんだよ。
お話のもとは日常の中にある
――3作目の『ぞうくんのおおかぜさんぽ』は大風に飛ばされながらも散歩に出かける話、一番最新のシリーズ4作目『かめくんのさんぽ』は、いつも最後に出てくる小さなかめくんが主人公。出てくる動物たちはどれもおおらかで、「いいとも」と快く友達を背中に乗せてくれたり、大雨や大風の日でも散歩に出かけたりするマイペースさが魅力だ。既成概念をもたない純粋な子どもの心を思い出させる。
絵本作りに関しては、自分の経験がもとになっていることも多いかな。もちろん「ぞうくんのさんぽ」なんて自分では体験するわけないんだけど、その展開が頭の中でひらめく元となる経験はあったんじゃないか、という気はするよね。子どもの頃は、一人でもいつまでも遊んでいられたな。魚釣り、昆虫採集、蛍狩り……。友達がいないわけじゃないけど、もう小学校1、2年で一人で遠くまで出かけてた。家へ帰ってきたらすぐ表へ遊びに行っちゃって、晩飯まで帰ってこなかったよ。
お話のもとのようなものは、普段気が付かないだけで、日常の中にあると思ってる。子どもの日常の発見が大事なんだよね。それが他の人が考え付かないことであればなおいい。実は「ぞうくんのさんぽ」のシリーズ5作目として、いま初雪の中を散歩する話を描いてるんだよ。もうこの話で最後かなあ。ぼくもあと、3、4年で80歳だからね(笑)。
若い頃は漫画家になりたいと思ってたの。でも話をいくつか考えたら、話がどれも絵本っぽくなっちゃって。これじゃだめかなと思って、アニメーションをやろうかと桑沢デザイン研究所(専門学校)に行ったんだよ。その中に絵本の課題があって、そのときに作ったのが『ちょうちんあんこう』という絵本。お月さまに会いたくて出かけていくちょうちんあんこうの話なんだけど、すごく時間をかけて作った自信作でね。当時の先生(舞台美術家・画家の朝倉摂さん)が「君、絵本をやるなら、出版社を紹介するよ」って言ってくれたんだよ。それで、福音館の「こどものとも」で出版することになった。それが絵本のデビュー作で、その2、3年後に『ぞうくんのさんぽ』を出版することになったんだよね。絵本はいいお話が考えつけば、ずっと描いていきたいとは思っている。でも、無理して描いてもろくなことはないから、やっぱりお話が湧いてきたときに、描くんだろうね。