澤田瞳子が薦める文庫この新刊!
- 『笊(ざる)ノ目万兵衛門外へ 山田風太郎傑作選 江戸篇』 山田風太郎著 縄田一男編 河出文庫 990円
- 『源平妖乱(ようらん) 信州吸血城』 武内涼著 祥伝社文庫 946円
- 『文豪宮本武蔵』 田中啓文著 実業之日本社文庫 770円
歴史の「もしかして」や「まさか」を余すところなく味わえる伝奇小説三冊。
(1)大ベストセラー「忍法帖(ちょう)シリーズ」を始め、室町・明治時代など幅広い時代を縦横無尽に描いた鬼才・山田風太郎の魅力を詰め込んだ短編集。あっという間にパラレルワールドの如(ごと)き世界に連れ去られる「明智太閤」、日本最後の切支丹(キリシタン)弾圧事件・浦上四番崩れに恐るべき謎を組み合わせた「姫君何処におらすか」など、いずれもあっと声が出る驚愕(きょうがく)に満ちている。
(2)吸血鬼が登場する時代小説は案外多いが、源平合戦前夜を舞台とした作は他にあるまい。しかも平家打倒の野望を胸に秘めた源義経が、悪(あ)しき吸血鬼を狩る秘密組織・影御先(かげみさき)に加わってバトルを繰り広げる上、『平家物語』や『義経記』でお馴染(なじ)みの人物や小道具が次々と登場し、史実と虚構が複雑に絡み合う。前作『不死鬼 源平妖乱』と併せ、今後の義経の成長から目が離せない。
(3)剣豪宮本武蔵が明治時代にタイムスリップし、樋口一葉や正岡子規たちとの出会いを通じて、自らも小説執筆に取り組む――と書くと奇想天外なユーモア時代小説と思われるかもしれないが、さにあらず。太平の世の訪れで居場所を失った剣豪は、激しく変化した時代でいかに生きるべきか。歴史上の人物を後世の者が描くとはどういうことか――など、武蔵が対峙(たいじ)する難題には、必ずや読者も唸(うな)ってしまうだろう。ちなみに、現在の武蔵像を生み出したある人物がちらりと顔を出す点にも、ご注目いただきたい。=朝日新聞2020年8月1日掲載