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オスカー・ワイルド「サロメ」 なぜ斬首を、解釈は無限に

Oscar Wilde(1854~1900)。アイルランド出身の作家・劇作家

桜庭一樹が読む

 ミステリー用語に“誰が殺したのか(フーダニット)”“どうやって殺したのか(ハウダニット)”“なぜ殺したのか(ホワイダニット)”というのがある。中でもホワイダニット物には、犯人の動機を問う良質な心理小説が多く、わたしも大好きな分野の一つだ。

 さて。――王女サロメはなぜ預言者ヨカナーンの生首をほしがったのだろうか?

 舞台はユダヤの王宮。兄王を殺してその妃を妻としたヘロデ王が君臨しており、兄王と妃の間の娘サロメは半ば囚(とら)われの身だ。サロメは牢に幽閉される預言者ヨカナーン(聖ヨハネ)に心惹(ひ)かれるが、母と同じ邪悪な女だと拒絶される。その夜サロメは、王から踊れと強要されると、見事な舞を見せ、褒美としてヨカナーンの生首を所望。やがて運ばれてきた生首に、熱烈な口づけをしてみせる……!

 作者は一八五四年アイルランド生まれ。作家としてロンドンで時代の寵児(ちょうじ)となるが、同性愛を罪に問われ、逮捕、投獄される。のち四十六歳で早世した。<

 サロメという人間は、見る人の解釈によって全く違う姿になるところが興味深い。わたしにとってのサロメは、抑圧された境遇から強烈なナルシシズムを抱えるに至った人間だ。だが、同じく囚われの身の預言者に共鳴したところ、軽蔑され、拒絶された。そこで地に落ちた自己愛の回復のために相手を殺したのだと解釈した。生首への口づけは自分とのキスなのだ。もとより、信仰を持つ者から死によって奪えるものなどないことは、サロメにもわかっていたと。

 そしてヘロデ王はそんなサロメを恐れて斬首を命じる。それはなぜか(ホワイダニット)……?

 これは戯曲(演劇の台本)として書かれた作品なので、小説と違い、演出され、上演されて初めて完成する。だからこそ人の数だけ無限の解釈が生まれる作りになっている。あなたもこれを読み、演出家として、自分だけのサロメを脳内で上演してみてほしい。きっと新たなサロメと、そして、これまで知らなかったもう一人の自分の姿をも発見できるはずだ。=朝日新聞2020年8月1日掲載