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「夢をかなえるゾウ」水野敬也さんインタビュー 成功者目線ではない自己啓発小説を

文:石井広子、写真:斉藤順子

自己啓発書で自己肯定感がゼロに・・・

――「夢をかなえるゾウ」は、2007年に「自己啓発小説」という新しいジャンルとして世に出て、本作が4作目。2008年にはドラマ化もされ、大きな話題になりましたよね。まず、書いたきっかけから教えてください。

 中学、高校と男子校育ちで女子とはほぼ無縁だった僕は、「慶應に入ればきっとモテる!」と大学デビューを夢見て上京しました。その思いだけはぶっちぎりだったと思います(笑)。ただ、満を持して女の子に告白したものの、あっけなく失恋。そこで、世の中にある自己啓発書、ビジネス書を読みあさってみたけれど、逆に自信を失って残り少ない自己肯定感がゼロになってしまう・・・・・・。それで読者が「自分でもすぐ実践できそう」と思えるハードルの低い実用書を書こうと思ったのがきっかけでした。「俺はこうして成功した」という成功者目線の本に違和感があったんです。なんでいきなりマウント取ってくるんだろう?って。

――そこで生き方を指南する役として現れたのが、神様であるガネーシャ。関西弁で喫煙者、あんみつ好きというキャラクター設定が読者にとって親しみやすいですね。

 説教くさくないって言っていただけるのは、自己啓発書の違和感を解消したからかもしれません。ガネーシャは神様だけどマウント取れないし、冗談はすべるし、逆に読者の下になるというか。結果、可愛くて、神様っぽくないから説得力に欠けるけど、なぜか耳を傾けることができるんですね。読者の自尊心を傷つけないんだと思います。

 ガネーシャが主人公を呼ぶときは、「君」という意味で「自分」って語りかけます。たとえば「自分は、生きた証を残す仕事がしたい言うてたやんな?」とか。読者に主人公の気持ちになって読んで欲しいから、あえて主人公に名前は付けていないんです。

 読者が、この本を読み終わって現実に戻るとき、本当にその人の人生に影響を与えるものにしたいという思いから、この形になっていきましたね。この本は実用書だと思っていますし、読者に現実で渡り合える知識を生きる武器として提供しようと思ったんです。

死を意識した東日本大震災

――シリーズ1作目は成功術、2作目はお金と幸せ、3作目は恋愛。そして4作目の本作では、シリーズ初の「死」をテーマにした物語ですね。その理由を教えてください。

 実は「死」をテーマにしたものを、このシリーズのどこかでいつかやりたいとずっと思っていたんです。きっかけとなったのは、3.11の東日本大震災の時。いつか突然、自分の命も絶たれるという可能性に気づいた。そこで、『夢をかなえるゾウ』の2作目を書く時に、死をテーマにしたものにも挑戦したのですが、上手くいかなかったんです。

 いっぽうで、このシリーズ3作目までで、資本主義の世界における人類の成功についてのノウハウは全部凝縮したものが出来たと自負していました。そして改めて死について考えたとき、「死は必ず人の夢を分断するもの」ということに気づいたんです。実は偉人は、生きてる間に夢をかなえられてない。ダ・ヴィンチもディズニーもエジソンも……。最後に抱いた夢が、死によって断たれてしまっています。

 まさにこの資本主義世界における成功の向こう側と「死」について本気で書きたいと思うようになったのが5年くらい前。この二つが思いがけない形で化学反応を起こして、やっと4作目への流れができた。死ぬときにやりたいことがあったとしても諦めなくてはいけない、ずっと一緒に生きていきたいと思う最愛の人と別れなければいけないこともあるという事実。僕は、これについて深く描きたいと思いました。

――本作は、3カ月の余命宣告を受けたサラリーマンの主人公が、重たい病気を抱える妻と幼い娘のため、生きている間に1億円のお金を作ることに挑戦する物語。その夢をかなえるために、ガネーシャは「人に会ってわだかまりをとく」「喜怒哀楽を表に出す」など主人公に次々と課題を出します。その中で、お金を求める主人公にあえて課した難題「お金の問題がなかったらどんな仕事をしたいか考える」が特に印象に残りました。

 1作目からの共通している部分ですが、これまで仕事というものは多くの場合ブランドで判断される世の中でした。たとえば企業をブランドで選び、一流企業に内定した人が自信を持ち、そうじゃない人は心にモヤモヤを抱える。学歴も就職も、偏差値重視。自分を世間のスタンダートに無理やり合わせて、そこから外れるとみっともないと思ったり、馬鹿にされたりすることが、人を幸せにしてないとずっと思っていて。そこから抜けるには、ブランドを支えている「給料」を脇に置いておかないと本当の幸せを見つけられないですよね。

――ガネーシャの教えに説得力を与えているのが、物語にちりばめられているトルストイやビル・ゲイツら偉人のエピソードです。どのように見つけていくのですか? 

 偉人のエピソードを課題ごとに見つけるのは最後なんですよね。自分として腑に落ちること、自分が自信をもって正しいと思ったことでないと伝わらないので、図書館に通って延々と探します。ピンポイントで合うエピソードっていうのがやっぱりあるんです。だから1個の課題を探すために1週間、図書館に行くこともありますね。特に今回は、冒頭で主人公が余命3カ月を宣告されるので、説得力をもたせるハードルが高かったですね。たとえば、ダーウィンには7人の子どもがいたから資産運用をとても頑張っていた、というエピソードとか。また、ガネーシャの脇にいる死神にも、偉人の名言を引用して死の意味について語ってもらいました。

幸せにならない夢は手放すことも必要

――「夢のかなえ方」に加え、初めて「夢の手放し方」についても触れていますね。

 僕自身、誰よりもめちゃくちゃ夢に執着心があるんです。本作では、そんな僕でも納得できるような夢を手放す方法を書きました。夢を手放すっていうのは執着心の逆にあることで、僕にとって夢をかなえることは本を完成させること。手放すということは、極論、本を書かなくても幸せな状態なので、心から納得できる内容にするのに苦労しました。

 もし、夢が自分を幸せにしないものだとしたら、手放すことも必要。夢が人を苦しめているとしたら頑張らなくてもいい。そういう多様性があっていいし。人間には「手放す」と「かなえる」はどちらも必要で、水と油みたいに共存しています。今までは絶対思っていなかった「夢を手放す」ということを、4作目で初めて書いてしっくりきたんです。このタイミングだったんだと思いましたね。

――主人公は自分が作った「死ぬまでにやりたいことリスト」の項目を、次々と実践していきますが、人生100年時代に入った今、水野さんご自身もそのリストを持っていますか?

 僕は昔から不安になるタイプなので、やりたいことリストは持っていますね。実はドラマ化したときの打ち上げに、原作者としてチヤホヤされると期待して行ってみたら、全く居場所がなかった。僕、一応ベストセラー作家になってたんじゃないの?みたいな……(笑)。結局、資本主義のピラミッドは永遠に続くんじゃないか、そのことを本音として実感できたときは、ごそっと項目が変わったりしますよね。

 以前は、「世界で10億部売れる本」という目標が死ぬまでにやりたいリストに入っていた。もちろんそれが実現できたら素晴らしいですけど、今はそのことに昔ほどの価値を感じない。数字よりも大事なのは、資本主義という歪な構造のために惨めな思いをしている人が悩みを解決して、幸せになること。そんな転換点になる作品が作りたいということを現在のリストには入れています。

――今後、どのような作品を書いていきたいと思いますか?

 資本主義がダメだっていう、現状を攻撃している本はよくあるんですけど。僕はそうではなく、「こういう場所に向かったらもっと幸せになれるんだよ」っていう本当の意味でハイブリッドな、みんなが希望を見いだせるような新しい生き方、考え方のものを書いていきたいですね。本作もそういう要素と無関係ではありません。

 5年ほど前から様々な社会問題に興味を持ち、見た目問題についての『顔ニモマケズ』(文響社)という本を出して以降、貧困問題や気候変動問題の本も作っているんです。でも結局、希望がないとだめなんだって思いましたね。その意味で、笑いは必要です。真面目なテーマに寄りすぎると笑いを忘れてしまうので、そういう「エンターテインメントの筋肉」も大事だと思いますね。自己啓発書を楽しくするという謎のジャンルを延々に突き詰める人生になってしまったので、どんな作品が自分から湧き出てくるのか楽しみです。

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