- 鶴屋南北の殺人(芦辺拓、原書房)
- 君に読ませたいミステリがあるんだ(東川篤哉、実業之日本社)
- 念入りに殺された男(エルザ・マルポ、加藤かおり訳、早川書房)
二年前、イギリスの作家アンソニー・ホロヴィッツの作中作ミステリー『カササギ殺人事件』(創元推理文庫)が邦訳され、大きな話題を呼んだのは記憶に新しい。今年刊行されたミステリーも国内・海外を問わず、作中作が出てくるものが目立った。作者の腕前が試される技法だと思うが、その成果はいかに。
芦辺拓『鶴屋南北の殺人』には、『東海道四谷怪談』などで知られる江戸後期の歌舞伎作者・四世鶴屋南北の幻の戯曲が登場する。この戯曲の上演が決まってから連続殺人が始まり、弁護士の森江春策(もりえしゅんさく)はその謎のみならず、南北の戯曲のあまりにも破天荒な内容に秘められた謎にも挑む。作中に出てくる南北の架空の戯曲にはある種の諷刺(ふうし)が籠(こ)められているけれども、それが(作中には明記されていないものの)著者自身による現代の世相への批判にもなっている点が巧妙だ。過去の歴史を描くことで現代を二重写しにする技巧は、天保の改革を諷刺した歌川国芳の浮世絵「源頼光公館土蜘作妖怪図(みなもとのよりみつこうやかたつちぐもようかいをなすず)」さながらである。
大学のミステリー研究会の中には、会員が書いた原稿をもとに犯人当てに興じるところもあると聞くが、ユーモアミステリーの旗手・東川篤哉の『君に読ませたいミステリがあるんだ』の主人公である高校生「僕」は、第二文芸部の唯一の部員・水崎アンナ先輩が書いた犯人当て原稿を読まされる羽目に。自信満々でアンナが書いた原稿の弱点を「僕」が遠慮なく指摘してゆくのが面白いが、実はアンナの原稿の中には彼女の壮大な(?)目論見(もくろみ)が隠されていて……。それらを読み取れるかどうか、読者も五つの作中作とじっくり向き合ってほしい。
三冊目はフランス産のミステリーである。日本初紹介の作家エルザ・マルポの『念入りに殺された男』の主人公アレックスは、有名作家ベリエに襲われ、はずみで相手を殺してしまう。家族を守るため、彼女はベリエの死体を埋める……ここまではサスペンス小説の発端としてありがちだが、その先の展開は奇想天外そのものだ。そして、本書の中にはベリエが書いた小説の一部も作中作として登場する。それは、人間的には最低だが作家としては才能があったベリエの人物像を浮かび上がらせる効果があると同時に、アレックスが死んだベリエを生きているかのように偽装する流れが、作家志望者でもある彼女がベリエの人生の書き直しを図ったようにも読めて興味深い。
以上三作品、それぞれミステリーの愉(たの)しさを満喫できると同時に、作中作という技法が持つ豊かな表現の可能性に感嘆させられることは必定だ。=朝日新聞2020年8月26日掲載