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「香港の歴史」書評 複数の軸で観察する未完の物語

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月12日
香港の歴史 東洋と西洋の間に立つ人々 (世界歴史叢書) 著者:ジョン・M・キャロル 出版社:明石書店 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784750350172
発売⽇: 2020/07/10
サイズ: 20cm/433p

香港の歴史 東洋と西洋の間に立つ人々 [著]ジョン・M・キャロル

 黎智英氏と周庭氏の「逮捕劇」が記憶に新しい。中国が香港国家安全維持法を導入し統制を強めた結果、自由と人権を訴える香港の人々の意志を阻む露骨な専制は激しさを増している。
 一体、今、香港で何が起きているのか?
 「一五〇年以上にわたりイギリスの植民地にならなければ、香港はこのような場所にはならなかった」
 現在の香港を知ろうと願うなら、香港が歴史上どのような場所であったのかおさえることは必須だろう。
 本書は、その恰好(かっこう)の道標である。著者は少年時代を香港で過ごしたアメリカ人。中文と英文の資料を解読する彼は、香港をイギリス植民地の一つとして扱うのではなく、また、中国史の一部として描くのでもなく、更に言えば、近年の反北京感情の高揚による香港の独自性を主張する政治的イデオロギーからも距離を保ち、「東洋と西洋の間に立つ人々」を主語に、歴史の中の香港を多角的に検証する。
 「中華帝国と大英帝国という二つの帝国の周縁に置かれた」香港の歴史を叙述するには困難がつきまとう。たとえば一九九七年のあの出来事を「返還」あるいは「回帰(復帰)」、はたまた「主権移交(主権の引き渡し)」とするのか。用語一つとっても、どれを使用するかということ自体が、政治的な選択と直結する。
 本書には、複数の軸を重んじながら歴史を観察する繊細さと、未完の物語として動的に歴史を捉えようとする緊張がある。「香港の物語は、常に書き加えられ続けるであろう」
 香港の歴史とは、東洋と西洋の間で「両者に寄り添いつつ、両者と適宜距離をとり、時には両者を手玉にとる、強い『人々』の歴史なのである」という訳者の言葉が胸に迫る。
 さて、今、私たちは、香港の「人々」にどう寄り添えるのか?
 巻末に収録された年表と歴代香港総督・行政長官一覧も重宝したい。
    ◇
 John Mark Carroll 香港大教授(香港史、イギリス帝国史、博物館史)。香港育ちのアメリカ人。