1. HOME
  2. トピック
  3. 韓国文学
  4. チョン・イヒョン「優しい暴力の時代」 ガラス片を踏んで傷つくように

チョン・イヒョン「優しい暴力の時代」 ガラス片を踏んで傷つくように

 隣国の文学を、翻訳を通して気軽に手に取れる時代がきたことがうれしい。最近ではチョン・イヒョン著『優しい暴力の時代』(斎藤真理子訳)がすばらしかった。韓国を代表する女性作家と言われるのもうなずける。

 現代韓国を舞台にした短編集。登場人物たちは競争社会を生きている。子どものためのよりよい教育、より資産価値の高いマンションを求め、誰もが必死だ。だが代償も伴う。「引き出しの中の家」で、ある夫婦は内見ができない代わりに相場より安い物件を購入するが、入居日前日になって前の居住者の悲惨な運命を知る。

 訳者はいう。「時代の流れが川だとしたら、韓国のそれは日本の二倍、または三倍の激しさ、速さで流れているのだろう」。むき出しの暴力の時代は過ぎても、人々は別のかたちで互いを傷つけ合う。例えば、床に散らばった細かいガラスの破片が、足の裏につける小さな傷。生活の中にある何げない描写を通して時代の不穏さをすくいあげる手法が見事だ。(板垣麻衣子)=朝日新聞2020年9月19日掲載