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山下和美「ランド」ついに完結 運命の重圧、自由意志を貫く人々

『ランド』山下和美著 全11巻(講談社)

  山下和美の『ランド』がついに完結しました。足かけ6年の連載で、全11巻の大作です。
 よくぞこれほど大きなスケールの世界観を創造しきったと驚かされます。そのうえ、細部の構成は緻密(ちみつ)をきわめ、多彩な人間群像の描きわけにも成功しています。そして、ここぞという場面でくり広げられる、絵のダイナミックな切れ味、コマの連鎖の妙!

 おお、読了直後の感嘆のあまり、説明が抽象的になってしまいました。まずは物語を紹介しましょう。しかし、これが存外難しい。というのも、ネタバレしないためには、ほとんど話の発端部分にしか触れることができないからです。ともあれ、やってみます。
 舞台は、封建時代のようにも明治時代のようにも見える、四方を高い山に囲まれた日本の農村です。

 村の四方には、四つの巨大な神体がそびえ立ち、住民たちを威嚇しています。住民たちはこの神の力を恐れ、夜は絶対に外出してはいけない、などの禁忌を守っています。また、50歳が寿命で、50を過ぎると亡くなり、山の彼方(かなた)の「あの世」に行くと信じられています。さらに、飢饉(ききん)が起こると、双子の新生児の片割れを山の神への生(い)け贄(にえ)として捧げるという残酷な風習も保たれています。

 ある旱魃(かんばつ)のとき、捨吉という男が双子の片割れを生け贄に差しだすことになり、捨吉は一方の娘・杏(あん)を手元に残し、アンという凶相の娘を山に捨てます。しかし、大鷲(おおわし)にさらわれたアンは、捨て子たちの仲間になって生き延び、長じて捨吉と杏が暮らす村に戻ってくるのです。そこから波瀾(はらん)万丈のドラマが始まります。
 杏とアンは大鷲の足に摑(つか)まって空を飛ぶという特技を身に付けますが、杏が大鷲に導かれて山の彼方の「あの世」を望んだとき、そこには並びたつ高層ビル群が霞(かす)んで見えました……。

 ここまでで第1巻の終結部。

 このあと物語は、人間の寿命と不老不死の願望、生と死、現世と来世、現実と虚構、神の存在と共同体の掟(おきて)といったテーマをめぐって変転を重ね、さらには、高度化された物質文明の未来への問いかけがなされるなど、読者の予想をはるかに超える怒濤(どとう)の展開となります。

 『ランド』の主人公たちは、杏とアンだけでなく、ごく普通の人たちも、運命の重圧のなかで、自らの自由意志をもちつづけ、進むべき道を探ります。その潔い姿が本作の大きな魅力であることも言っておきたいと思います。=朝日新聞2020年10月14日掲載