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#1 イラストレーター三好愛さん「言葉に表せないモヤモヤを具現化する」作家との“疑似恋愛”

文:笹川ねこ 写真:西田香織

 中高生の頃から、「本の絵を描く人になりたかった」。イラストレーターの三好愛さんが長年あたためてきた夢が叶ったのは、30歳を過ぎてから。2018年に美学者・伊藤亜紗さんの『どもる体』(医学書院)を手がけてから瞬く間に、川上弘美さんら小説の装画や、宮部みゆきさんの新聞連載小説の挿絵など、第一線で活躍する“装画家”となった。

 言葉にならないモヤモヤを見つめ、この世にない生きものを描く作風で人の心をとらえる三好さんに、幼少期からの歩みと創作の現場、自著のエッセイについて聞いた。

「ユーモラスに吃音を描く」装画の仕事

 2018年、初めて装画を手がけたのは『どもる体』(医学書院、シリーズ「ケアをひらく」)。表紙には、女性の口からもうひとりの自分がポロっと飛び出す、斬新な絵が描かれている。

 依頼されたのは、「今までの吃音の概念にとらわれず吃音を描いてほしい」ということ。どんな絵を描けばいいのか想像できなかった三好さんは、「伊藤さんの文章がその答えをくれた」と話す。

 「伊藤さんの文体がものすごくプレーンで、吃音のことがめちゃめちゃ客観的に入ってきたんです。だから、そのまま伊藤さんの文章をスパンと絵で直訳してしまえば、この本独自の吃音の絵になる、と感じました」

 人生で初めての装画の仕事。三好さんは、著者や編集、デザイナーの三者と顔を合わせた打ち合わせが記憶に残っているという。

 「装画の打ち合わせに著者さんが同席すること自体、ほとんどないことだとのちのち装画の仕事をするうちにわかったんですけど、最初に装画のラフを見せて『すごくいいじゃん』って、みなさんが笑ってくださったことがいちばんうれしかったですね」

 そのときの様子を、伊藤さんが「あとがき」で詳細につづっている。

 研究のクライマックスは不意にやってきました。
 下原稿があらかた書き終わり、いよいよ文章という記号の列が、本という物質の形になる段階です。
 その編集会議の席。私はそこで、三好愛さんが描いた、本の表紙になるはずの絵の下絵を見せられました。
 その絵を見て、私は反射的に爆笑してしまいました。今思うとちょっと失礼なリアクションだったのですが、どうしようもなく笑ってしまい、その笑いはしばらく止まりませんでした。
 笑いの原因は、三好さんの絵がユーモラスだった、ということもあります。でもそれとは違う、何かが根元から吹っ切れるような爽快感がありました。
(略)
 「非当事者から見た吃音」という、私がこれまで見たことのない視野を、三好さんの絵ははじめて私に見せてくれた。
 「ああ、吃音ってこういうことなのか」
 はじめてどもる自分を見たような、そんなうれしさがありました。――伊藤亜紗『どもる体』(医学書院)より

 三好さんは、本が完成してからあとがきを読んで「びっくりした」と明かす。自分の絵が書き手の思考にも作用する。クリエイター冥利に尽きる作品が生まれた。

「本の絵を描く人」にあこがれて

 読書好きな母のもと、本が身近にある環境で育った三好さん。“好きな本”と出会ったのは、小中学生の頃だ。

 「“絵が入っている本”が好きだったんです。飽きるほど読んでいた(SF作家の)星新一さんの本では、(イラストレーターの)和田誠さんや真鍋博さんが文章にぴったりの挿絵を描いていたし、大好きだった村上春樹さんのエッセイ『村上朝日堂』シリーズを読むときは、文章と一緒に安西水丸さんのおおらかでユーモラスな絵を見るのが好きでした」

 「文章と絵がマッチングして一冊の本が作られていることに心惹かれて、装画や挿絵を描く人になりたいな、と思い始めたのが、中学生とか高校生ぐらいのときです」

 本の絵を描くためには、イラストレーターだ。そう考えた三好さんは、東京藝術大学で油絵を学び、大学院では版画を専攻した。しかし、周囲は現代美術を本気で志す学生ばかり。「イラストレーターになりたい」という現実的な夢を言えるような雰囲気ではなかったそうだ。

 それでも、こっそり「本の絵を描きたい」という思いは持ち続け、たくさんのコンペに応募した。デザイン会社に就職してからも、コンペの応募や作品を展示する活動は続けたという。

 転機になったのはSNSだ。InstgramやTwitterに作品を投稿すると次第にフォロワーが増えていった。ブックデザイナーから初めて装画の依頼が届いたのは、SNSで誘われ三好さんが参加したグループ展がきっかけだった。

人間らしくない生きものを描く理由

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 三好さんは、和紙にアクリル絵具で絵を描く。色彩の濃淡から気配が感じられる、人間と生きもののあいだを行き来するような独特の世界観だ。

 「小さい頃、寝ているとき急に死んだらどうしよう、死んだらどこに行くんだろう、と理不尽な恐怖を想像して怯えていたりしたんですけど、親から『死後の世界なんて一切ないから』『死んだら無だから』といわれて育ったんですね。だから怖いことや不安なことに対して、現実ではない不思議なこと——たとえば幽霊や妖怪のせいにできない性格になっちゃったんです」

 「でも人生を生きるうえで、理不尽なことや心がモヤモヤすることってすごく多い気がするんです。それらを切り抜けるために、どんな絵を描いたらいいの? と。言葉には表せないモヤモヤを自分なりに具現化したら、こういう姿かなと想像しながら描いています」

 三好さんの絵は、顔のあたりに目の象徴する黒点が2つ並ぶのが大きな特徴だ。

 「人を描くときは、人らしく描くことにすごい抵抗があって。最低限、丸が2個並んでいると人の顔に見える。あまり人っぽくなりすぎないイメージで描いています。人じゃない生きものにすぐスライドできるくらいが安心できるというか」

 「こういう絵のせいか、『匿名性みたいなものを描いてください』という依頼が結構あります。具体的に描いて読者の想像力を狭めたくない、という意図もあるのかもしれません。幽霊などの依頼も多いですが、摩訶不思議な特別な存在というより、人の感情の延長にあるもの、として描いてますね」

憧れの作家から「変なもの」の依頼

 三好さんが「難しかった」と振り返るのは、鈴木成一デザイン室が装丁を手がけた川上弘美さんの小説『某』(幻冬舎)の装画だ。

 「川上さんから『人間ですらない、変なもの、全て混じっているようなものを描いてください』というリクエストがあって、それだけ聞いて、私の方で考えて描いたんですけど、川上さんがいう“変”が……どのレベルでどれくらいなのかが難しかったですね」

 学生時代から、川上さんの小説を愛読してきた三好さん。作品を描く上でも、大きな影響を受けたという。

 「川上さんのぐにゃりとした文体に憧れて、今の作風になっているところもあるんです。人間が、ぐにゃりと違う生きものに、なる。不思議だけど、でも暗くはない。そんなところにずっと憧れて描いてきました」

 「だから、私が川上さんの本を読んで表現したくなる絵と、川上さんが思う“変なもの感”がズレないように、何回も文章を読みながら、絵を確認して、読んで確認して。距離感を探りながら詰めて、最後に固めた絵がこれでした」

『某』の人形は紀伊國屋書店国分寺店の書店員が作ってくれたもの。

 完成した本には、さまざまな“変”な生きものが並んでいる。

 「わりと人間を中心に展開される物語なので、表紙の生きものに具体性を持たせすぎても、その印象に引っ張られちゃうので、抽象性をできるだけ保ちつつ、生きもの感を出していきました」

ラフを描いてから「人格が2人増えた」本

 自由に任せてもらうケースもあれば、ディスカッションを重ねて仕上げていくこともある。

 解離性同一性障害のharuさんが日常を描いた『ぼくが13人の人生を生きるには身体がたりない。』(河出書房新社)では、デザイナーや編集者と一緒に、たくさんの人格をどうビジュアル化するかを丁寧に話し合ったそうだ。

 「実は、この本のタイトル、最初は『ぼくが11人の人生を生きるには身体がたりない。』だったんですよ」

 三好さんは、絵を描くうえでは珍しいハプニングを教えてくれた。

 「ラフを描いたあたりで、haruさんの人格が2人増えたんです。編集者さんから『三好さん、増えました』って(笑)。だから、この先も増えることを見越して、表4(裏表紙)で2人がついてきていることにしました。著者さんの身に起きていることを、ダイレクトに絵に反映できた思い出深い作品です」

装画の仕事は“疑似恋愛”

 三好さんは、装画の仕事を「疑似恋愛」と表現する。

 「装画に限らず、音楽など、どなたかがすでに作られている表現に対して依頼をもらった時は、それに接したときから、常に頭の隅っこに、文章だったり音楽だったりを置いて考えるようにしています」

 「制作期間は、その人が書いた文章や作った音楽のことをずっと考えていて、相手側がこっちをどう思っているか、自分が相手についてどう思っているかを一生懸命考えて、駆け引きしながら作っていくから、距離感の詰め方とかが恋愛っぽいんですよね」

 そんな三好さんが2020年6月に発表したエッセイ『ざらざらをさわる』(晶文社)は、絵で描いてきたモヤモヤを、言葉で表現してみたものだという。

 「モヤモヤを描くという意味では、絵の具が文字になった感じです。筆じゃなくてスマホですが、電車でサッと書きとめたり、お風呂場の脱衣所でうずくまって書いたり。思いついたときに独り言を言うみたいに書いていました」

 自著を出したことで、見える景色も変わった。

 「装画を描くときは世に出る本のための役割のひとつを担っている感じでしたけど、自分の本を出したことで、編集者さんがいて、デザイナーさんがいて、本を売ってくださる営業さんがいて、書店員さんがいて。本が広まる仕組みと人のつながりを目の当たりにできて感激しました」

30歳を過ぎて叶えた夢とこれから

 「すごく時間がかかったんですよね。『どもる体』に行き着くまでは」

 インタビューの冒頭、三好さんが呟いた。

 「コンペなどでそこそこ評価はされても、とくに仕事は来ず、みたいな状態が30歳くらいまで続きました」。本の絵を描く仕事は「あきらめようかとも思っていた」と明かした。

 それでも、最初に手がけた装画が反響を呼び、憧れてきた作家や著者の作品や、新聞連載の挿絵の仕事につながった。装画を手がけた精神科医の斎藤環さんと歴史学者の與那覇潤さんの『心を病んだらいけないの?』(新潮選書)は小林秀雄賞を受賞した。

 すべてわずか2年あまりの出来事だ。「本の絵を描く仕事」が駆け抜けていく。

 「こんなに短いスパンでたくさん描かせてもらったのは嬉しいですが、ここで最後なんじゃないかって。新しい依頼が来るのはうれしいけど、その度にうれしさを使い切ってしまうような感じがして、ちょっと悲しくもあります。まだ人生は長いから(笑)」

 本の絵を描く人としてのキャリアはまだまだ始まったばかりだ。これからも三好さんは、言葉では表現できないモヤモヤをかたちにする。ざらざらしたものを自らの両手でたしかに掴みながら。