200万部超の装丁が生まれるまで
9月に東京・渋谷の「ウィリアムモリス 珈琲&ギャラリー」で個展を開いた石間さん。そこには時代の風を捉えたベストセラーから造本の可能性を探究する古典の新装版まで、さまざまな本が並んでいた。
石間さんは、「原稿をいただき、イラストでいくか、写真でいくか、それとも文字でいくか。そこから考えて作っていく仕事は、大変ですが楽しいです」と話す。2012年に発売され200万部超のベストセラーとなった渡辺和子さんの『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎)は、イラストレーターに自ら依頼し、装画を書き下ろしてもらった一冊だ。
この装丁の魅力は、やはりミントグリーンをバックに咲く黄色いたんぽぽの花だろう。じつは本にはたんぽぽという記述はないが、石間さんは、「『咲く』だから花かな。たんぽぽかな」とぼんやり考えた。イラストレーターの北原明日香さんには、「野に咲く花がいいかも」と伝えたが、限定的に「たんぽぽを」とはいわずに依頼したという。
「北原さんから、このたんぽぽの装画案が届いたときに、『おお...』と声が出ました。『置かれた場所で咲きなさい』というタイトルにこのたんぽぽが寄り添うと、言葉がよりスッと、そしてまた、多様に、伝わっていくような感じがしました」
石間さんは当初、このタイトルに驚いたと明かす。
「震災の後でしたし、厳しい言葉だなと。自由にどこでも好きなところに飛んでいきなさいじゃなくて、『置かれた場所で咲きなさい』ですからね。今思うと、大変な時だからこそ読者が手に取ってくれたのではないかと……。ときどき本屋で見かけて奥付を見ると、まだ増刷されているようですね。ありがたいことです」
仕事術本の先駆け的な1冊
2000年代に本格的に装丁を手がけるようになった石間さんが、自身のターニングポイントとなった一冊として挙げたのが、『IDEA HACKS!』(東洋経済新報社)だ。シンプルな線画のイラストをバックに英語のタイトルが目を引くおしゃれな一冊だ。
「仕事術本の先駆け的な1冊です。当時は、ビジネス書らしからぬ装丁と受けとめられていたのかも。自分としては、本書の内容・語り口とカバーとが、しっくりマッチできた……ような気がします。書評ブロガーさんが話題にしてくれていたことを後から知ったんですけど、ほうぼうで『石間さん見たよ』と言ってもらえて、反響が大きかったですね」
この勢いが、『「1日30分」を続けなさい!』(マガジンハウス)、そして経済評論家の勝間和代さんの一連のヒット作につながっていく。
「勝間さんの本は、ダイヤモンド社、ディスカヴァー・トゥエンティワン、東洋経済新報社など、出版社が横断的に声をかけてくれました。出版社が変わればデザイナーも変えることが多いなか、本当にありがたいことでしたね」
漫画研究会の同人誌からデザインの世界へ
石間さんは、学校でデザインを専門的に学んだわけではない。大学は文学部で、絵が好きだったこともあり、漫画研究会に所属していた。
「大友克洋さんが好きで、絵もずいぶん真似しましたね。たしか漫画情報誌での交流がもととなって、大友先生公認の大友克洋ファンクラブが発足しまして、会員でした(笑)」
漫研で同人誌を作ったり、大学の文化祭ポスターや友人の演劇チラシを手がけたりして、印刷所や写植屋に出入りするようになり、印刷物制作の現場を垣間見る。
大学卒業後、書店でのアルバイトを経て、小さなデザイン事務所に入社。30歳になる頃に独立。「独立といっても、なんの展望もなく……Macintoshのパソコンを持っているだけ。が、会社をやめたのなら一緒にやろうよと、声を掛けてくれた人がいて、本文DTPの個人事業がなんとかスタートします」
本文DTPをほぼ専業にして8〜9年ほど経った頃、思いがけず単行本の装丁の機会に恵まれる。デザイン事務所のときの縁で、PHP研究所の編集者と仕事をするようになっていたが、あるとき「カバーデザインもやってみますか?」と声をかけられたのだ。
「初めての装丁依頼、うれしかったですね。でも何をどうアクションしていいか全然わからないわけですよ。イラストレーターに頼む術も知らない。とにかく自分で描いて、色違い案も含めると20案くらい作って、プリントして。3日後くらいにPHPさんに行って、ラフを見てもらったら『いいんじゃない』と褒められました。どこがいいのか尋ねたら、ラフ作りのためにあつらえた『帯コピーが上手だ』って(笑)」
こうして石間さんの装丁家としてのキャリアが始まった。「それからも声をかけてもらえ、1冊1冊、だんだんカバーまわりの仕事が増えていき、今に至る、という感じです」
ロングセラーを生み出す装丁家が考えていること
「本当にね、1冊1冊が、次の依頼につながっていきました。1つ前の本が、次の仕事を運んでくれたというのが実感です」。石間さんは謙虚に言葉をつむぐが、それは多くの人の記憶に残る本を1冊1冊手がけてきた証でもある。
はたして、石間さんはデザインする上で、どこまで「売れる」ことを意識しているのだろう。
「『売れたらいいな』ですね。本が売れることで評価いただいているのはうれしいです。ビジネス書も含めて広く実用書の装丁では、やっぱり手に取りやすいものというか、この本を求めてくれるかもしれない読者像を意識しています」
「自分が実用書を買うときもそうだけど、開かれているというか、自分のために書かれた本と思える感じが大事。暗示的になりすぎても手に取りにくいですし、実用書だからかっこ悪くていい……ということはない。さり気なく読みやすい本にするのは、簡単なようで難しいなと」
石間さんにとっては、帯を外したときの本の表情も大切だ。本のカバーが持つ「2つの顔」を意識している。
「書店で並んでるときのアピールする部分も大事ですが、家に帰ってきて自分の書棚に収める、もしくは家のリビングに本を置くときに、帯のない状態で寄り添うかたちになるのもいいですよね。書店では目立ちたい。でも家では静かな、自分の暮らしにそっと馴染む本であってほしい」
造本の表現を楽しむ〈創作装丁展〉
石間さんは、ブックデザイナーの折原カズヒロさんが主宰する〈創作装丁展〉にたびたび参加している。「時代を超える本をカタチにする」をコンセプトに、装丁家たちが古典作品などの新装版を手がけ、ギャラリーで展示販売する試みだ。
「僕は2012年の『本と旅』という企画から関わらせてもらって。自分たちで本の中身(本文)を作り始めたのが、2015年の太宰治の『女生徒』あたりから。やっぱり行き着くところは出版というかリトルプレスに」
2017年の梶井基次郎『檸檬』装丁展では、石間さんが本文デザインを手がけた。
「こう開いてみると、檸檬が出現するんです」。本文は袋とじになっていて、内側を鮮やかな黄色に印刷することで、なんと造本で檸檬を表現している。
普段の装丁の仕事とは異なり、本の仕様をゼロから考え、予算を管理し、印刷所や製本所に自ら依頼するプロセスは、大変だが面白く、編集者の仕事もよくわかり、「いろんな意味で肥やしになっている」という。
「実際に買ってもらうのが一番大きな目標です。だから、たった1冊の作品的な装丁ではなく、持ち帰りたくなるような装丁を目指しています。仕事と一緒ですね」
漫画家の山川直人さんが詩人・萩原朔太郎の古典を描き下ろした『猫町』は、展示をきっかけに『機械・猫町・東京だより』(水窓出版)の出版につながった。また現在、装丁家の故・坂川栄治さんの自伝的著書『遠別少年』を題材にした装丁展を、2022年2月の開催に向けてメンバーと準備中だという。
本の装丁でデザインするのは、読者が本を読む時間
10年の時を経ても、ずっと読み継がれる本。そんな本を生み出すことこそ、装丁家の醍醐味ではないだろうか。
「もしかしたら、ブックデザインや造本というのは、読むときになったらひとまず忘れ去られてもいいのかもしれない。ただ、読み終えて本を閉じたときに、裏表紙に置いた絵にハッと目が留まったり、なにか読後の余韻を温めるような工夫がちょこっと隠されていたり……。気がついてくれてもいいし、気がつかなくてもいい。そういう仕事ができたらいいなと思いますね」
石間さんが思いを馳せるのは、読者がカバーを外して本を読む時間ーー。ブックデザインを通じて、読者が家で過ごすひとときがデザインされていた。