人が肩を寄せ合う下町の店が似合うあの人は、コロナ禍のなか、どう過ごしているのか。東京郊外の丘の上にあるアトリエを訪ねた。
「緊急事態宣言の間は、無症状でも自分は感染していると考えて、人にはうつさないように、ここに立てこもっていました」。2003年から続く人気BS番組「吉田類の酒場放浪記」の収録は、各地からうまい酒と肴(さかな)を取り寄せてオンラインで続けた。「酒はどんどん消費していました。地方の支援も絡めて、ね」
テレビ番組のほか、出身地の高知を含む四国のFM番組、責任編集を務める年刊の北海道の旅雑誌、新潟の情報紙の俳句欄などレギュラーの仕事をいくつも抱え、イラストレーターとして個展を開き、酒にまつわるイベントにも引っ張りだこだ。本書はそんな多忙な日々の営みを静かにつづったエッセー集。旅と酒を愛した若山牧水の歌を引き、背中を追いかけているようでもある。
「日々“別れ酒”の続く我が身、至福とは“清涼にしてキレのいい一杯”に尽きる」と記すように、近づきすぎず、遠ざけすぎずの人との間合いがテレビでは印象的だ。画家をめざしていた若い頃にヨーロッパのパブやカフェで身につけた所作らしい。「他者への想像力を働かせて距離を置くんです」。敬意を失わない姿勢が人びとを引きつける。
健康の秘訣(ひけつ)は登山。山あい育ちで「自然の中にいると充実感がある」。昔のように高山には行けないが、足腰が衰えぬよう里山を歩く。「地方に行くとすばらしい出会いと発見がある。興味はまだまだ尽きません。酒場がしんどい時に、自分は倒れられないという見えない『圧』はあるかも」と笑う。
インタビューも終盤、のどの調子が……と飲み始めたのはハイボール。秋の日曜、まだ日は高かった。(文・吉川一樹 写真・山本友来)=朝日新聞2020年10月17日掲載